第12話「悪意は証拠ではない」
毒殺未遂の審理は、王宮の公開法廷で行われた。
傍聴席には貴族、軍人、官僚が並び、その後ろに使用人たちが立っている。人間の妃候補が最初の祝杯で殺されかけたという噂は、一日で王都中へ広がっていた。
「被告は王宮侍女長ミレーヌ。アレクシア・エルデンブルク嬢の杯へ、黄眠草の毒を塗ったことを認めますか」
古冠の問いに、侍女長は頭を下げた。
「認めます」
「誰の命令です」
「名は知りません。娘を預かったと書かれた手紙と、毒が届きました」
「顔も見ていない者の命令で、客人を殺そうとしたと?」
「娘の髪が、手紙に入っていました」
傍聴席がざわめく。
アレクシアには、侍女長から娘へ伸びる黒い線が見えた。
――娘を生かすためなら、客人を殺す。
脅されたからといって、選択の責任が消えるわけではない。
だが、彼女だけを処刑しても事件は終わらない。
「証拠を」
アレクシアが言うと、セヴランが三つの箱を運ばせた。
「第一に杯。第二に侍女長の手袋。第三に香料袋。すべて審理まで別々に封印し、保管者を記録しています」
ルルクが台へ上がった。
貴族たちから笑いが漏れる。
「清掃用スライムを証人にするのか」
「いいえ。証人は侍女長よ。ルルクは鑑定を行います」
アレクシアは笑った男へ向き直った。
「あなた方の薬師も、薬を口で説明するだけでしょう? こちらの鑑定官は、実物を再現できる。それだけの違いです」
ルルクが杯と手袋へ順に触れる。どちらにも同じ黄色が浮かび、薬品庫の注意書きを読み上げる声が再生された。
香料袋からは、黄眠草の匂いを隠す花油が検出された。
「毒と香料は、どこから来た」
剣冠が問う。
セヴランが納品記録を示す。
「香料袋は、帳冠家の従者が王宮へ持ち込んでいます。黄眠草は、砦冠系の商会が管理する北倉庫から消えていました」
法廷の空気が変わる。
帳冠は表情を崩さない。砦冠は机を叩いた。
「商会が扱う品のすべてを、私が知るものか!」
その瞬間、黒い線がつながった。
砦冠の従者から北倉庫へ。北倉庫から仲介人へ。仲介人から侍女長へ。
別の線が、帳冠の従者から香料袋へ伸びている。
さらに帳冠本人から、毒殺計画ではなく法廷へ。
――事件を把握した後も止めず、人間の娘がどう動くか観察する。
複数の悪意が一枚の帳面に並ぶように、関係が見えた。
《照合》。
言葉が、アレクシアの意識へ浮かぶ。
けれど、見えたものを口にしても証拠にはならない。
「砦冠閣下が命じたとは、まだ証明できません」
アレクシアの言葉に、砦冠が勝ち誇った顔をした。
「当然だ」
「ただし、黄眠草の管理責任は残ります。北倉庫の入出庫記録を、過去一年分提出してください」
「軍事機密だ」
「毒が一本消えても軍事機密。人が死んでも軍事機密。便利な言葉ね」
笑いは起きなかった。
「そして帳冠閣下。あなたの従者は、香料袋の中身を知っていた?」
帳冠は従者へ目を向けた。
若い男が進み出る。
「知りませんでした。侍女長から、祝いの香料だと」
黒い文字はない。本当に知らなかったらしい。
「帳冠閣下は?」
「毒殺計画を事前には知りませんでした」
これにも黒字は出ない。
「では、いつ知ったの」
帳冠の微笑みが薄くなった。
「あなたが侍女長へ杯を差し出したときです。彼女の反応で気づきました」
「その後も、私に証拠を求め続けた」
「根拠のない告発で宮廷を支配する方か、見極めたかったのです」
「私が飲んでいたら?」
「陛下が止めると判断しました」
魔王が冷たい目を向ける。
「私を試すために、彼女の命を賭けたのか」
「結果として、そうなります」
帳冠は認めた。
毒殺の黒幕ではない。しかし、事件を利用した。
「帳冠家の持ち込み特権を、半年停止します」
古冠が告げた。
「砦冠は北倉庫の記録を提出。拒否する場合、商会の薬品取扱権を停止します。侍女長は娘の安全を確認したのち、共犯者の特定へ協力すること。判決はそれからです」
「ルルクについても、申し上げたいことがあります」
アレクシアは小さなスライムを抱き上げた。
「この子を、清掃道具ではなく王宮の鑑定協力者として記録してください」
「人間妃には任命権がない」
血冠が言う。
「だから私の配下にはしません。今回の審理で働いた者へ、法廷が報酬を払うのです」
古冠はルルクを見つめた。
「認めます」
法廷を出ると、魔王が待っていた。
「勝ったな」
「まだよ。毒の出所を一つ開かせただけ」
「それでも、黒冠院の前で、自分にしかわからない確信を証拠にはしなかった」
「確信ではないわ。私には、悪意が見えている」
魔王は驚かなかった。
燃える首都で、瀕死の彼女が誰の企みを指したかを覚えている。あのとき賭けた推測が、いま裏づけられただけだった。
「証拠にはしなかった」
アレクシアは足を止めた。
「悪意が見えることと、罪を証明できることは別よ。私がそれを忘れたら、誰でも悪人にできてしまう」
魔王はしばらく何も言わなかった。
「見せたい場所がある」
「また誘拐?」
「今度は歩いて行ける。断ってもいい」
「どこへ」
「お前が八歳のとき、両国を仲良くすると約束した。その約束を置いてある場所だ」
今度こそ、アレクシアは動けなかった。




