↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/48

第12話「悪意は証拠ではない」

 毒殺未遂の審理は、王宮の公開法廷で行われた。


 傍聴席には貴族、軍人、官僚が並び、その後ろに使用人たちが立っている。人間の妃候補が最初の祝杯で殺されかけたという噂は、一日で王都中へ広がっていた。


「被告は王宮侍女長ミレーヌ。アレクシア・エルデンブルク嬢の杯へ、黄眠草の毒を塗ったことを認めますか」


 古冠の問いに、侍女長は頭を下げた。


「認めます」


「誰の命令です」


「名は知りません。娘を預かったと書かれた手紙と、毒が届きました」


「顔も見ていない者の命令で、客人を殺そうとしたと?」


「娘の髪が、手紙に入っていました」


 傍聴席がざわめく。


 アレクシアには、侍女長から娘へ伸びる黒い線が見えた。


 ――娘を生かすためなら、客人を殺す。


 脅されたからといって、選択の責任が消えるわけではない。


 だが、彼女だけを処刑しても事件は終わらない。


「証拠を」


 アレクシアが言うと、セヴランが三つの箱を運ばせた。


「第一に杯。第二に侍女長の手袋。第三に香料袋。すべて審理まで別々に封印し、保管者を記録しています」


 ルルクが台へ上がった。


 貴族たちから笑いが漏れる。


「清掃用スライムを証人にするのか」


「いいえ。証人は侍女長よ。ルルクは鑑定を行います」


 アレクシアは笑った男へ向き直った。


「あなた方の薬師も、薬を口で説明するだけでしょう? こちらの鑑定官は、実物を再現できる。それだけの違いです」


 ルルクが杯と手袋へ順に触れる。どちらにも同じ黄色が浮かび、薬品庫の注意書きを読み上げる声が再生された。


 香料袋からは、黄眠草の匂いを隠す花油が検出された。


「毒と香料は、どこから来た」


 剣冠が問う。


 セヴランが納品記録を示す。


「香料袋は、帳冠家の従者が王宮へ持ち込んでいます。黄眠草は、砦冠系の商会が管理する北倉庫から消えていました」


 法廷の空気が変わる。


 帳冠は表情を崩さない。砦冠は机を叩いた。


「商会が扱う品のすべてを、私が知るものか!」


 その瞬間、黒い線がつながった。


 砦冠の従者から北倉庫へ。北倉庫から仲介人へ。仲介人から侍女長へ。


 別の線が、帳冠の従者から香料袋へ伸びている。


 さらに帳冠本人から、毒殺計画ではなく法廷へ。


 ――事件を把握した後も止めず、人間の娘がどう動くか観察する。


 複数の悪意が一枚の帳面に並ぶように、関係が見えた。


 《照合》。


 言葉が、アレクシアの意識へ浮かぶ。


 けれど、見えたものを口にしても証拠にはならない。


「砦冠閣下が命じたとは、まだ証明できません」


 アレクシアの言葉に、砦冠が勝ち誇った顔をした。


「当然だ」


「ただし、黄眠草の管理責任は残ります。北倉庫の入出庫記録を、過去一年分提出してください」


「軍事機密だ」


「毒が一本消えても軍事機密。人が死んでも軍事機密。便利な言葉ね」


 笑いは起きなかった。


「そして帳冠閣下。あなたの従者は、香料袋の中身を知っていた?」


 帳冠は従者へ目を向けた。


 若い男が進み出る。


「知りませんでした。侍女長から、祝いの香料だと」


 黒い文字はない。本当に知らなかったらしい。


「帳冠閣下は?」


「毒殺計画を事前には知りませんでした」


 これにも黒字は出ない。


「では、いつ知ったの」


 帳冠の微笑みが薄くなった。


「あなたが侍女長へ杯を差し出したときです。彼女の反応で気づきました」


「その後も、私に証拠を求め続けた」


「根拠のない告発で宮廷を支配する方か、見極めたかったのです」


「私が飲んでいたら?」


「陛下が止めると判断しました」


 魔王が冷たい目を向ける。


「私を試すために、彼女の命を賭けたのか」


「結果として、そうなります」


 帳冠は認めた。


 毒殺の黒幕ではない。しかし、事件を利用した。


「帳冠家の持ち込み特権を、半年停止します」


 古冠が告げた。


「砦冠は北倉庫の記録を提出。拒否する場合、商会の薬品取扱権を停止します。侍女長は娘の安全を確認したのち、共犯者の特定へ協力すること。判決はそれからです」


「ルルクについても、申し上げたいことがあります」


 アレクシアは小さなスライムを抱き上げた。


「この子を、清掃道具ではなく王宮の鑑定協力者として記録してください」


「人間妃には任命権がない」


 血冠が言う。


「だから私の配下にはしません。今回の審理で働いた者へ、法廷が報酬を払うのです」


 古冠はルルクを見つめた。


「認めます」


 法廷を出ると、魔王が待っていた。


「勝ったな」


「まだよ。毒の出所を一つ開かせただけ」


「それでも、黒冠院の前で、自分にしかわからない確信を証拠にはしなかった」


「確信ではないわ。私には、悪意が見えている」


 魔王は驚かなかった。


 燃える首都で、瀕死の彼女が誰の企みを指したかを覚えている。あのとき賭けた推測が、いま裏づけられただけだった。


「証拠にはしなかった」


 アレクシアは足を止めた。


「悪意が見えることと、罪を証明できることは別よ。私がそれを忘れたら、誰でも悪人にできてしまう」


 魔王はしばらく何も言わなかった。


「見せたい場所がある」


「また誘拐?」


「今度は歩いて行ける。断ってもいい」


「どこへ」


「お前が八歳のとき、両国を仲良くすると約束した。その約束を置いてある場所だ」


 今度こそ、アレクシアは動けなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。