↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/6

最終章 あなたがいる場所

ライブ当日。


会場に入った瞬間から、日和莉はいつもより少しだけ周りを見ていた。


誰かが衣装を確認している。


誰かが歌詞を口ずさんでいる。


誰かが鏡の前で髪を直している。


いつもの本番前。


でも。


昨日までは見えていなかったものが、少しだけ見える気がした。


「あ」


日和莉が足を止める。


「どうしたの?」


隣を歩いていた真姫が振り返った。


「リボン曲がってる」


「誰の?」


日和莉は少し先にいたメンバーを指差す。


そのまま小走りで近づいた。


「ちょっと待って」


「え?」


「後ろ向いて」


「何?」


「リボン」


衣装の背中に付いたリボンが少しだけ捻れている。


日和莉は丁寧に直した。


「はい」


「あ、ありがと」


「うん」


そのまま戻ってくる。


真姫が見ていた。


「何?」


「別に」


「またそれ?」


「うん」


日和莉は首を傾げた。


でも。


今日は、その意味を追いかけなかった。


◇


リハーサルが始まった。


ステージに立つ。


客席はまだ空っぽ。


照明だけが眩しい。


日和莉は自分の位置を確認する。


センターには恋。


少し離れた場所に真姫。


莉歌。


莉緒。


乃々香。


夏鈴。


それぞれが、自分の場所に立っている。


音楽が流れる。


日和莉も踊る。


歌う。


大きなミスはない。


でも。


一度だけ。


隣のメンバーの動きが遅れた。


目が合う。


その子の表情が、一瞬固くなる。


日和莉は反射的に。


小さく笑った。


大丈夫。


とも。


気にしないで。


とも言わない。


ただ。


口だけ動かす。


「次」


相手が少し目を丸くして。


すぐ前を向いた。


曲は止まらなかった。


次の振りへ。


次の位置へ。


そのまま最後まで進む。


リハーサルが終わる。


「お疲れさま!」


日和莉が水を取りに行こうとすると。


さっきの子が近づいてきた。


「日和莉」


「ん?」


「さっきありがと」


「何が?」


相手が笑う。


「もういい」


「あれ?」


まただ。


日和莉には、よく分からない。


でも。


以前なら、


――何もしてないのに。


そう思って終わっていた。


今日は。


少しだけ違った。


何もしていないつもりでも。


相手には、何かだったのかもしれない。


そう思えた。


◇


開演一時間前。


控室の空気が、だんだん静かになっていく。


誰かはイヤホン。


誰かは振付動画。


誰かは目を閉じている。


日和莉はソファに座りながら、ペットボトルを飲んでいた。


ふと。


向かいに座るメンバーの手が、ずっと膝の上で動いていることに気づいた。


指を握って。


開いて。


また握る。


「緊張してる?」


日和莉が聞く。


「……してない」


「してる手だよ」


「どんな手」


「こういう手」


日和莉が真似して、ぎゅっ、ぎゅっと両手を握る。


「やめて」


相手が少し笑った。


「日和莉は緊張しないの?」


「するよ」


「見えない」


「今もしてる」


「嘘」


「ほんと」


日和莉は少し考える。


それから。


「今日終わったら、何食べる?」


相手がきょとんとする。


「今それ?」


「うん」


「なんで?」


「楽しみあった方がいいかなって」


「本番前だよ?」


「だから」


日和莉は真面目な顔で続ける。


「終わった後のこと考えたら、ちゃんと終わる気がする」


一瞬。


相手が黙った。


「……何それ」


「変?」


「変」


日和莉は少し笑った。


「じゃあ、何食べたい?」


「えー……」


考え始める。


「焼肉」


「いいね」


「日和莉は?」


「納豆」


「ライブ後に?」


「ダメ?」


「もっとご褒美感あるものにしなよ」


「納豆おいしいよ」


そこで、近くにいた数人が笑った。


「日和莉、そこブレないね」


「普通にご飯食べたくなってきた」


「まだ本番前だから!」


いつの間にか。


さっきまで静かだった控室に、少し声が戻っていた。


日和莉は周囲を見る。


何かしたつもりはない。


ただ。


話しただけ。


なのに。


少しだけ空気が柔らかい。


昨日。


真姫に言われた言葉が浮かぶ。


――誰でも、ひーちゃんにはなれないよ。


まだ。


全部は分からない。


でも。


前より少しだけ。


その言葉を否定しなくなっていた。


◇


開演直前。


16人がステージ袖に集まった。


ここから先は、それぞれ出る曲も違う。


立つ位置も違う。


それでも。


始まる前だけは、全員ここにいる。


楓花が声をかける。


「大丈夫?」


何人かが頷く。


「いける」


「頑張ろ」


短い言葉が重なる。


日和莉は、その輪の中にいた。


ふと。


昨日のメンバーと目が合う。


――明日は来てよ。


そう言われた相手。


日和莉は何も言わず。


ほんの少しだけ、距離を詰めた。


隣に立つ。


相手が気づく。


何も言わない。


でも。


少しだけ口元が緩んだ。


それで十分だった。


日和莉は前を見る。


ステージの向こうから、客席の声が聞こえる。


大きい。


胸が鳴る。


緊張する。


怖くないわけじゃない。


でも。


今までとは少し違う。


自分が何を見せられるか。


何が武器なのか。


そればかりを探していた。


今日は。


そこにいる。


それだけで。


少しだけいい気がした。


◇


ライブが始まる。


照明。


音。


歓声。


ステージへ出る。


日和莉は自分の位置に立つ。


いつもの場所。


特別前でもない。


目立つ位置でもない。


それでも。


客席を見る。


ペンライトが揺れている。


自分の名前が聞こえる。


「日和莉ー!」


「ひーちゃーん!」


一瞬。


日和莉の表情が明るくなる。


手を振る。


笑う。


歌う。


踊る。


途中。


真姫とすれ違う。


ほんの一瞬だけ目が合う。


真姫が微笑む。


日和莉も笑う。


それだけ。


でも。


なぜか嬉しかった。


曲が続く。


MC。


また曲。


いつものライブ。


その中で日和莉は、いろんな顔を見る。


恋が真ん中で客席を引っ張る。


莉歌の声が会場に響く。


莉緒の動きに目が吸い寄せられる。


乃々香の一言でメンバーが笑う。


夏鈴が静かに自分の存在を残す。


みんな。


それぞれ違う。


日和莉は思う。


自分には、何があるんだろう。


以前なら。


そこで少し寂しくなった。


今日は違った。


答えがないことを。


少しだけ、そのままにできた。


◇


終盤。


最後の曲の前。


MCで、メンバーそれぞれが一言ずつ話す流れになった。


順番が回ってくる。


日和莉はマイクを持つ。


客席を見る。


たくさんの顔。


たくさんの光。


何を言おう。


少し考える。


用意していた言葉もあった。


来てくれてありがとう。


これからも頑張ります。


また会いに来てください。


どれも本当。


でも。


なぜか今日は。


別の言葉が浮かんだ。


「えっと」


会場が静かになる。


「今日、ここに来るまでに」


少し考える。


「たぶん、みんな色々あったと思うんです」


隣のメンバーが日和莉を見る。


「仕事とか、学校とか」


「朝寝坊した人もいるかもしれないし」


客席から笑いが起こる。


日和莉も笑う。


「電車遅れた人もいるかもしれないし」


少し間。


「でも」


客席を見る。


「今日ここに来たってことは」


言葉を探す。


「今日の皆さん、ここまでちゃんと来たんですよね」


自分で言って。


少し首を傾げる。


「……当たり前なんですけど」


また笑い。


日和莉も少し照れる。


「でも、なんか」


「それだけで、ちょっとすごいなって思います」


会場が静かになる。


「だから」


日和莉は笑った。


「今日はもう、花丸でいいんじゃないかな」


一瞬。


そのあと。


客席から拍手が起きた。


思っていたより大きい。


日和莉は少し驚く。


「……あれ?」


隣から、


「なんで本人が驚いてるの」


と声が飛ぶ。


会場が笑う。


日和莉も笑った。


「いや、なんとなく言っただけなんですけど」


また笑い。


でも。


客席の中に。


目元を押さえている人が見えた気がした。


日和莉は少しだけ。


言葉を止める。


自分の言葉が。


誰かに届いた。


その感覚が。


ほんの少しだけ分かった気がした。


◇


ライブが終わった。


控室へ戻る。


全員が一気に力を抜く。


「疲れたー!」


「お腹すいた!」


「水!」


日和莉も椅子に座る。


「納豆……」


「まだ言ってる!」


笑われる。


日和莉も笑う。


その時。


スマートフォンに、スタッフから共有されたSNSの反応が流れてきた。


『日和莉ちゃんの“今日は花丸でいい”で泣いた』


『なんか救われた』


『あの子の言葉、不思議なんだけど好き』


『ひーちゃんの言葉ってあったかい』


日和莉は画面を見つめた。


少しだけ。


長く。


「日和莉」


真姫の声。


「ん?」


「どうしたの?」


日和莉はスマートフォンを見せる。


「これ」


真姫が読む。


「うん」


「私、そんなつもりじゃなかった」


「何が?」


「救おうとか」


「うん」


「いいこと言おうとかも」


「うん」


日和莉は画面を見る。


「ただ、そう思ったから言っただけ」


「それでいいんじゃない?」


「いいのかな」


「たぶん」


日和莉が真姫を見る。


「たぶん?」


「私も全部分かんないから」


日和莉は笑った。


「真姫ちゃん、それ便利に使ってない?」


「少し」


「やっぱり」


二人で笑う。


しばらくして。


日和莉が言った。


「真姫ちゃん」


「ん?」


「私の武器、分かったかも」


真姫が少しだけ目を見開く。


「何?」


日和莉は答えようとして。


止まる。


「……やっぱ分かんない」


「え」


「でも」


少し考える。


「前より、分かんなくてもいい気がする」


真姫は何も言わなかった。


日和莉が続ける。


「歌も上手くなりたいし」


「うん」


「ダンスも」


「うん」


「もっと可愛くなりたいし」


「うん」


「いろんなことできるようになりたい」


「うん」


「でも」


日和莉は少し笑う。


「誰かが一人だったら、隣に行くのもやめたくない」


真姫の表情が少し柔らかくなる。


「うん」


「それって武器なのかな」


真姫は少し考えた。


そして。


「分かんない」


日和莉が笑う。


「また!」


「でも」


真姫も笑った。


「私は好きだよ」


「何が?」


「そういう葉澄日和莉」


一瞬。


日和莉が黙る。


それから。


少し照れたように笑った。


「……じゃあ、それでいいかも」


◇


帰り道。


二人で駅へ向かう。


ライブ後の空気。


夜風。


少し疲れた身体。


日和莉は空を見上げた。


「真姫ちゃん」


「なに?」


「今日、星見えないね」


真姫も見上げる。


「曇ってるからね」


「そっか」


少し歩く。


「でも、なくなったわけじゃないよね」


真姫が日和莉を見る。


「星?」


「うん」


「そうだね」


日和莉は満足そうに頷いた。


「じゃあいいや」


「何が?」


「なんとなく」


真姫が笑う。


「ひーちゃんらしい」


「そう?」


「うん」


日和莉は少し考えた。


そして。


「それ、前より嬉しいかも」


と言った。


自分の武器は。


まだ上手く説明できない。


名前をつけることも。


誰かと比べることも。


きっとまだ難しい。


それでも。


自分が何気なく言った言葉で。


誰かが少し笑う。


誰かが少し安心する。


誰かが、そばにいてほしいと思ってくれる。


それを。


もう。


「誰にでもできること」だけで片づけなくてもいいのかもしれない。


日和莉は歩く。


真姫の隣を。


いつものように。


なんとなく。


でも。


ちゃんと。


そこにいた。



ーー続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。