↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/6

エピローグ なんとなく、そばにいる

ライブから数日後。


日和莉は、楽屋の隅で小さな紙袋を覗き込んでいた。


「……一個多い」


差し入れのお菓子。


今度は足りないのではなく、一つ余っている。


日和莉は少し考えた。


それから周りを見回す。


「これ、誰か食べる?」


「日和莉食べれば?」


乃々香が言う。


「でも一個多いよ」


「多いなら食べればいいじゃん」


「いいの?」


「なんで許可いるの?」


日和莉はまた紙袋を見る。


「前は足りなかったから」


「今日は多いの!」


紡が笑う。


「日和莉、差し入れの個数に人生左右されすぎじゃない?」


「そうかな」


「そうだよ」


少し離れたところから真姫が、


「今日はちゃんと自分の分食べなよ」


と言った。


「うん」


日和莉は素直に一つ取る。


包みを開ける。


一口。


「おいしい」


「よかったね」


「真姫ちゃんも食べる?」


「私はもう食べた」


「じゃあ半分いらない?」


「なんで減らそうとするの?」


「分けたらもっとおいしいかなって」


「今、自分でおいしいって言ったでしょ」


「あ、そっか」


また笑いが起きた。


日和莉はお菓子を持ったまま、首を傾げる。


相変わらず。


なぜ笑われているのか、半分くらい分かっていない。


◇


その日の仕事は、ファンとの交流イベントだった。


一人ずつ。


短い時間。


いろんな言葉が届く。


「ライブ楽しかった!」


「ありがとう」


「この前のMC、すごく好きだった」


「ほんと?」


「“今日は花丸でいい”ってやつ」


日和莉は少し照れた。


「あれ、そんなに覚えてるんだ」


「覚えてるよ」


ファンが笑う。


「実はあの日、仕事ですごく嫌なことがあって」


日和莉の表情が少し変わった。


「そうだったんだ」


「行くのやめようかなって思ったくらいで」


「うん」


「でも行ってよかった。あの言葉聞いて、ちょっと楽になった」


日和莉は数秒、黙った。


何か気の利いたことを返したかったわけではない。


ただ。


目の前の人の顔を見る。


「じゃあ」


少し考える。


「あの日、来てくれてよかった」


「……うん」


「嫌なことあったのに、ちゃんと来たんだね」


ファンの目が少しだけ潤んだ。


日和莉は気づいて。


「あれ」


慌てる。


「泣かせるつもりじゃなかった」


「分かってる」


相手は笑った。


日和莉も、少し困ったように笑う。


「でも、今日は笑ってるから」


「うん」


「じゃあ今日は、昨日よりちょっといい日かも」


「……日和莉ちゃんって、そういうこと急に言うよね」


「変だった?」


「変。でも好き」


日和莉は目を丸くして。


それから笑った。


「ありがとう」


短い時間が終わる。


次の人が来る。


また別の話。


別の笑顔。


日和莉は一人ひとりに向き合った。


◇


イベントが終わったあと。


控室へ戻る途中。


「ひーちゃん」


真姫が隣に並んだ。


「ん?」


「今日もいっぱい言ってたね」


「何を?」


「不思議なこと」


「私そんなに言ってた?」


「言ってた」


「例えば?」


「“眠い日は心も寝坊してる”とか」


日和莉が止まる。


「……言ったっけ」


「言ってたよ」


「それどういう意味?」


「本人が聞かないで」


真姫が笑う。


日和莉も笑った。


少し歩いて。


「でも」


真姫が続ける。


「喜んでたよ」


「誰が?」


「ファンの人たち」


日和莉は前を見る。


「そうなんだ」


「うん」


また少し歩く。


「真姫ちゃん」


「なに?」


「私さ」


「うん」


「前まで、何かすごいことできないと武器にならないと思ってた」


真姫は黙って聞く。


「歌とか」


「うん」


「ダンスとか」


「うん」


「もちろん、それも上手くなりたいけど」


少し間。


「私が普通だと思ってることを、好きって言ってくれる人もいるんだね」


真姫が微笑む。


「いるね」


「不思議」


「なんで?」


「だって普通だから」


真姫は少し考える。


「日和莉にとってはね」


その言葉に。


日和莉は歩きながら、少しだけ目を細めた。


「……そっか」


今度は。


それ以上聞かなかった。


◇


別の日。


レッスン終わり。


メンバーたちは次々と帰る準備をしていた。


日和莉も荷物をまとめる。


ふと。


部屋の端に、一人で座っている子が目に入った。


スマートフォンを見ている。


でも。


ずっと同じ画面のまま。


日和莉は立ち上がった。


以前なら。


なぜ行くのかなんて考えなかった。


その後は。


行く意味があるのか考えすぎた。


今は。


どちらでもなかった。


ただ。


そちらへ歩く。


隣に座る。


相手が顔を上げた。


「……どうしたの?」


「別に」


「帰らないの?」


「帰るよ」


「じゃあなんで座ったの?」


日和莉は少し考える。


「なんとなく」


相手が笑う。


「何それ」


「ダメ?」


「ダメじゃないけど」


しばらく。


二人とも喋らなかった。


日和莉は何も聞かない。


何も言わない。


そのうち。


相手がぽつりと話し始めた。


今日あったこと。


少し嫌だったこと。


自分でもどうしたらいいか分からないこと。


日和莉は聞く。


全部聞いて。


最後に。


「そっか」


とだけ言った。


相手が苦笑する。


「それだけ?」


「うん」


「アドバイスとかないの?」


日和莉は真剣に考える。


「……ない」


「ないんだ」


「分かんないから」


相手が吹き出した。


「ひーちゃんらしい」


その言葉に。


日和莉は少しだけ笑った。


前なら。


それが褒め言葉なのか分からなかったかもしれない。


今は。


ちょっと嬉しい。


「でも」


日和莉が続ける。


「帰るまでなら一緒にいるよ」


相手の笑顔が、少しだけ柔らかくなった。


「うん」


それで。


十分だった。


◇


帰り道。


真姫と駅まで歩く。


いつもの道。


いつもの夜。


日和莉は空を見る。


「真姫ちゃん」


「なに?」


「今日、月まるいね」


「そうだね」


「なんか、お皿みたい」


「……お皿?」


「白いやつ」


「月はだいたい白いよ」


「そっか」


真姫が笑う。


日和莉も笑った。


しばらくして。


真姫が聞く。


「武器、見つかった?」


日和莉は空を見たまま。


少し考える。


「うーん」


長い間。


考えて。


「まだ、よく分かんない」


「そっか」


「でも」


日和莉は笑った。


「前ほど探してないかも」


真姫が横を見る。


「なんで?」


「だって」


日和莉は前を向く。


「私が普通にしてることを、好きって言ってくれる人がいるから」


少し間を置いて。


「だったら、無理に名前つけなくてもいいかなって」


真姫は微笑んだ。


「ひーちゃんらしいね」


「またそれ」


「嫌?」


日和莉は少し考える。


そして。


首を横に振った。


「ううん」


「今は好き」


二人はそのまま歩く。


誰かを救おうとしているわけじゃない。


何か特別な言葉を言おうとしているわけでもない。


一人だったから。


少し寂しそうだったから。


なんとなく気になったから。


だから。


隣に座る。


話を聞く。


時々、不思議なことを言う。


そして。


気づけば誰かが少し笑っている。


それを才能と呼ぶのか。


優しさと呼ぶのか。


天使と呼ぶのか。


日和莉には、まだよく分からない。


でも。


きっと。


それでいい。


葉澄日和莉は今日も。


誰かのそばにいる。


理由なんて。


たぶん。


そんなに難しくなくていい。


ただ。


なんとなく。


そばにいたいと思ったから。



ーー完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。