第一章 私の武器って、なんだろう
取材は、思っていたより穏やかに進んでいた。
好きな食べ物。
最近ハマっていること。
休みの日に何をしているか。
メンバーとの関係。
日和莉はいつもの調子で答えていた。
「最近、自然のあるところに行きたいです」
「山とか?」
「山もいいし、川もいいです」
少し考えて。
「木も好きです」
インタビュアーが笑う。
「木?」
「はい」
「見るのが?」
「登るのも」
「登るんだ」
「登れそうだったら」
スタッフまで笑った。
日和莉はきょとんとする。
「変ですか?」
「いや、日和莉ちゃんらしいなと思って」
「そうなんだ」
本人には、やっぱりよく分からなかった。
でも、楽しそうに笑ってくれているなら、それでいい。
そう思っていた。
「じゃあ、最後に一つ」
インタビュアーが資料から顔を上げる。
「日和莉ちゃん自身が思う、自分のアイドルとしての武器って何ですか?」
「……武器?」
日和莉の口が止まった。
さっきまでなら、何かしら言葉が出てきた。
でも。
今度は何も浮かばない。
「歌とかダンスとか、キャラクターでもいいですし。これだけは負けない、みたいなものでも」
「ああ……」
日和莉は少し考える。
歌。
好き。
でも、莉歌しゃんみたいに、自分の名前と一緒に思い浮かべてもらえるほどではない。
ダンス。
頑張っている。
でも、莉緒みたいに一目で分かる強さはない。
トーク。
……自信があるわけでもない。
「うーん……」
思わず天井を見る。
何も落ちてこない。
「難しい?」
「難しいです」
素直に答えると、また少し笑いが起きた。
日和莉も笑う。
その時。
インタビュアーが助け舟のように言った。
「メンバーからは、よく“優しい”って言われてますよね」
「ああ」
それなら、聞いたことがある。
「言われます」
「“Rain Crownの良心”とか、“天使”とか」
「それも言われます」
「じゃあ、優しさは武器かもしれないですね」
日和莉は一瞬だけ黙った。
それから。
「……そうなんですかね」
笑って答えた。
取材はそのまま終わった。
◇
レッスン場へ向かう途中。
日和莉はさっきの質問を何度も思い返していた。
自分の武器。
考えたことがなかった。
というより。
みんなにそれぞれ“らしいもの”があることは分かっていた。
莉歌しゃんが歌えば、
「あ、莉歌しゃんだ」
と思う。
莉緒が踊れば、
やっぱり目がいく。
恋が真ん中に立つと、
そこが自然に中心になる。
乃々香がいると、
静かだったところから急に笑い声が出たりする。
夏鈴は、立っているだけで姿がきれいだ。
真姫ちゃんも。
何かをしなくても、不思議と目がいく。
じゃあ。
自分は?
「……木に登る?」
思わず声に出した。
「何が?」
隣を歩いていた真姫が振り返る。
「え?」
「今、木に登るって言った?」
「あ、言ったかも」
「何の話?」
「私の武器」
真姫の足が止まった。
「……武器?」
「うん」
「木に登ることが?」
「違うと思う」
「私もそう思う」
日和莉は少し笑った。
真姫も笑う。
「今日、取材で聞かれたの」
「自分の武器?」
「うん」
「なんて答えたの?」
「答えられなかった」
「そうなんだ」
それだけ。
真姫は無理に続けなかった。
日和莉も、そのまま歩いた。
少ししてから。
「真姫ちゃんは?」
「何が?」
「武器」
真姫は考える。
「……分かんない」
「え?」
日和莉は立ち止まりそうになった。
「真姫ちゃんでも分かんないの?」
「“でも”って何」
「だって、真姫ちゃんは分かりやすいじゃん」
「何が?」
「きれい」
「それは武器なの?」
「違うの?」
「ひーちゃんが聞いてきたんでしょ」
「あ、そっか」
今度は二人で笑った。
でも。
日和莉の中では、少しだけ何かが残った。
真姫ちゃんでも。
自分では分からない。
それが意外だった。
◇
レッスンが始まる。
音楽が流れる。
日和莉は自分の位置につく。
振付の先生のカウントに合わせて踊る。
何度か止まり。
修正され。
もう一度。
休憩に入る頃には、少し汗ばんでいた。
「暑いね」
日和莉が言う。
「暑い」
隣のメンバーが答える。
日和莉はバッグからタオルを出そうとして。
「あ」
「どうしたの?」
「ない」
「忘れた?」
「たぶん」
少し考えて。
「あ、違う」
椅子の背もたれに掛かっていた。
「あるじゃん!」
「ほんとだ」
「ずっとそこにあったよ」
「誰かのかと思ってた」
「自分のだよ!」
笑われる。
日和莉も笑った。
そのままタオルを取ろうとした時。
少し離れたところで、一人のメンバーがスマートフォンを見ながら黙っているのが目に入った。
いつもなら誰かと話している子。
今日は静かだ。
日和莉はタオルを持ったまま近づいた。
「どうしたの?」
「ん?」
「今日、静かだね」
「そう?」
「うん」
相手は笑った。
「ちょっと疲れてるだけ」
「そっか」
日和莉は隣に座った。
何も聞かない。
しばらく沈黙。
相手がスマートフォンを見ている。
日和莉は天井を見た。
「今日の雲、パンみたいだったよ」
「……何?」
相手が顔を上げた。
「朝見たの」
「急に?」
「うん」
「どんなパン?」
「白いやつ」
「ほぼ全部じゃん」
日和莉は少し考える。
「……蒸しパン?」
相手が吹き出した。
「適当でしょ」
「ちょっと」
「ちょっとなんだ」
さっきまでの硬い顔が、少しだけ崩れた。
日和莉はそれを見て。
何も言わなかった。
ただ。
「お腹すいたね」
と続けた。
「今それ?」
また笑われた。
休憩終了の声がかかる。
二人は立ち上がる。
相手が小さく言った。
「ありがと」
日和莉は首を傾げた。
「何が?」
「……なんでもない」
「そっか」
そのまま、二人はそれぞれの位置へ戻った。
◇
レッスン後。
日和莉はロッカーの前で荷物をまとめていた。
後ろから声がする。
「ひーちゃん」
「ん?」
振り返ると、真姫だった。
「さっき」
「何?」
「話してたでしょ」
「誰と?」
「……もう忘れたの?」
「忘れてないよ」
「ほんと?」
「たぶん」
真姫が少し笑う。
「元気になってたね」
日和莉はきょとんとした。
「誰が?」
真姫はもう一度笑った。
「やっぱりいい」
「何?」
「なんでもない」
「今日みんなそれ言う」
日和莉はバッグを肩にかける。
二人で廊下を歩く。
さっきの取材が、また頭に浮かんだ。
「ねえ、真姫ちゃん」
「ん?」
「優しいって、武器なのかな」
真姫はすぐには答えなかった。
歩きながら。
少し考える。
「……分かんない」
「そっか」
「でも」
真姫が続ける。
「ひーちゃんって、“優しくしよう”って思ってやってるの?」
「え?」
「さっきみたいなの」
日和莉は考えた。
「……違うと思う」
「じゃあ、なんで隣に行ったの?」
「一人だったから」
真姫はそれ以上何も言わなかった。
日和莉は首を傾げる。
「何?」
「ううん」
「またそれ?」
「うん」
二人はそのまま歩いた。
駅へ向かう途中。
日和莉は空を見上げる。
夕方の雲が、少しだけ赤い。
「真姫ちゃん」
「なに?」
「今日の雲、いちごミルクみたい」
真姫も空を見る。
「……そう?」
「うん」
「ひーちゃんって、雲の話多いね」
「好きなのかも」
「知らなかったの?」
「今知った」
真姫が笑った。
日和莉も笑う。
でも。
自分の武器だけは。
まだ。
分からないままだった。
ーー続く




