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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第一章 乱世が色褪せる前に
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操者の陰謀~冷徹なる答え~

「これは、一体どういう事だ」

「どういう事とは見たままだが」

「司馬師、私は元姫殿から核の気配があると聞いて魏へやって来たのだが」

 姜維はそう伝えると司馬師は少しびっくりしたような顔をし、そして口角を上げて嘲るように笑った。

「何だ、貴様、また騙されたのか」

 意味がわからず、理解が出来ない。姜維は僅か後ろに立つ元姫へ振り返った。彼女は腕を組んで「嘘は言っていないわ」と澄ました顔で言葉を吐く。

「私は確かに“核の気配がある”とは言ったわ。気配は米粒ほどに微弱だけれど感じられるもの。だから姜維殿と此処に来たのよ」

 つまり、また元姫に騙された訳である。姜維は片手で顔を覆い深く息を吐き出した。もう絶対に次は騙されない、絶対にだ。そうだ、元姫はこういう女だ。最初の時もそうだった。違和感を抱いた時点で気付くべきだった。

「姜維殿は素直過ぎるわね」

「あなたに言われたくないのだが」

 騙した本人に言われると腹が立つ。姜維は苛立ちを見せるが夏侯覇によって視線で静められ、仕方なく怒りを押し込んだ。

「で、俺達を呼んだ理由って何なんです? それに司馬懿殿は……」

「ああ、わたしから説明しよう。実は我が父が先日から妙な病で伏せってしまっていてな」

「妙な、病?」

 夏侯覇の疑問に首を縦に振って頷いた司馬師は固そうな口を開いた。

 一ヶ月ほど前から司馬懿は風邪をこじらせていた。養生し、仕事は全て司馬昭と司馬師が引き継ぎ家で休んでいたが治らず、二週間ほど前に倒れ今では目を醒まさない状態になってしまっている。

「華佗先生にも診せたが原因不明らしくてな、そこで数ヶ月前の成都での事件を思い出した。あの時は確か哀姫殿も伏せっていたそうだな」

 子上が劉禅殿から聞いたそうだ。だからそうなのではないかとわたし達は元姫に頼み、調べて貰うよう頼んだ。そして解決するために姜維、お前を此処に連れて来て貰ったという訳だ。司馬師は腕を組み、怜悧な目を姜維へ向ける。

「姜維、我が父のために核を捕まえろ」

「断る。そもそも核じゃない可能性もあるだろう。そもそも私が解決しなきゃいけない理由はないし、あと単純に司馬師、貴様が気に食わない」

 解決して欲しいのなら頭を地にこすりつけて頼んでみろ。姜維はそう吐き捨てるように挑発するが司馬師は眉間に皺を寄せ姜維を睨み付けるだけだった。

「ちょ、あ、兄様も伯約も落ち着けって!」

 司馬昭は姜維と司馬師の間に入り二人を引き離す。

「伯約、自分らは父上を助けたい。だから力を貸して欲しい、頼む!」

 深く頭を下げる司馬昭に姜維は溜め息を吐いた。かつての部下に、かつての敵に頭を下げるとは恥も外聞も無いのか。――いや、彼はただ父を助けたいだけだ。その純粋さは司馬懿とも司馬師とも似ていない。強いて言えば純粋さは夏侯覇に似ている。

「……姜維殿、私からもお願いするわ。義父上を助けたいの。あなたを騙した事は謝るわ。真実を言ったところであなたは来てくれそうになかったから……」

「姜維殿、ここまで言われてるしさ、人助けと思って……な? それに、司馬懿殿が亡くなれば魏は悲しみに暮れるだろうし、司馬昭殿と懇意にしている陛下もお心を曇らせちまうぜ? 陛下だけじゃねえ、劉備様だってそうだ」

 だから助けてやろうぜ。俺達は劉備様の建てた国の臣下だ。義を重んじ、たとえかつての敵でも助ける。それが劉備様や陛下の信じる「義」だろ。夏侯覇は腕を後頭部の後ろで組み、姜維を見下ろす。彼にここまで言われては仕方がない。姜維は深く溜め息を吐いた。

「わかった。だが条件がある」

「……何でもしよう。出来る事なら」

 司馬師のその言を聞き姜維は右手を差し出した。

「涼州と雍州を手放し、蜀へ戻せ。それが条件だ」

 その条件はこの場の誰もを驚かせた。姜維とてただ騙されに来ているわけじゃない。利用されに来ているわけじゃない。姜維は蜀の将兵だ。かつての敵の元へ参ったのだ。何もせず、司馬懿を救って帰るなど出来るはずもない。

「ふざけるな、そんな事出来るものか! 第一、今は鼎立の時代! 領土など多くを持っていても関係がないはずだ」

 司馬師は怒りを露わにし、巾から垂らしている髪を僅かに揺らした。目の前を斬るように腕で一閃し否定する。

「ああ、その通りだ、司馬師。ならば我が蜀へ戻す事も可能なはず。そもそも我が蜀は元々漢王朝の復興を掲げていた。ならば我が蜀へ戻るのが当然だと思うがな」

「……貸与なら考えよう」

「なら私は蜀へ戻るだけだ。何、時間はたっぷりとある。ゆっくり考えるがいい。貴様の父の命がもつまでな」

 姜維は横目で司馬懿を見つめる。司馬懿の傍で椅子に腰掛ける女性は不安げにこちらを見つめていた。司馬懿の顔色は悪く、小さく息を乱している。

「私は元姫殿のように優しくもないし、夏侯覇のように慈愛などない。たとえかつての師であろうとも、情けなどかけぬ」

 そう、司馬懿はかつての師だった。知謀を授かった師だ。尊敬はしているし、その知に敵う者は僅かだ。素晴らしい人物だが、情けは掛けられない理由が姜維には存在した。

「……一州なら陛下に掛け合う事が可能だろう」

 譲歩だ。司馬師の怜悧な瞳からはそんな感情が窺える。だが姜維は首を左右に振る。

「二州だ。涼州と雍州が条件として揃わない限り、私は一切手を下さない。たとえ元姫殿がどれだけ頼もうとだ」

「は、伯約。流石に答えは今すぐ出せない。陛下にも掛け合わないといけないしよ」

「ならば、三日待とう。それでも答えが出ないのであれば私は夏侯覇と蜀へ戻らせてもらう」

 司馬昭の言葉にそう返答すると、姜維はそれだけを伝え踵を返して出て行こうとする。夏侯覇が呼び止めようとしたため、彼の首根っこを掴み引きずるようにして司馬家の邸宅から出て行った。

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