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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第一章 乱世が色褪せる前に
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操者の陰謀~祖国の地を踏む~

■■■■


 北に広がる広大な土地――姜維の生まれ故郷、魏。曹操が地盤を作り、曹丕が王朝を建て、曹叡が継いでいる魏は蜀や呉よりも何倍も大きい。次に訪れるのは蜀で天下を統一した後だと思っていたが、こんなにも早く訪れるとは思っていなかった。

 漢中を抜け、そこからまた長安を通り過ぎて洛陽へと向かう。馬の休憩、食事に睡眠などは最低限にして馬を走らせる。せいぜい十五日程度で洛陽付近まで来る事が出来た。都まではもうすぐだ。

「そういえば、使者が近くまで来るって言ってたな」

「馬鹿め、それを先に言え」

 姜維は隣を走る夏侯覇の頭を小突く。馬から落ちそうになる彼を、元姫は反対から支えた。

「姜将軍は魏に行くの嫌じゃないんですか」

「嫌に決まっているだろう。私は貴様と違って、子供時代は宮中で過ごしたからな」

 魏は有能な豪族の子息を若いうちから宮中に入らせ、女官達に育てさせる。夏侯覇のような一族は曹家と縁戚関係にあるため、それはなかったそうだが。魏は子供の頃からそういった事を行っており、今思うとそれは洗脳でもあったのだろうと思う。

「つまり曹丕様や司馬昭殿達とは……」

「ああ、皆幼馴染みみたいなものだ。だからお前よりは嫌なのだ。都にいる人間は大体が知り合いだからだ」

「それもそれでキツイですね」

 そんな話をしているうちに洛陽が見えてきた。洛陽に入り、馬から下りては都をゆっくりと歩く。久し振りの景色。やはりわかってはいたが成都よりは栄えている。

「元姫殿も久し振りなんですよね」

「ええ、そうね。数年ぶりよ、洛陽は。最後に来たのはいつかしら」

 なら皆久し振りですね、と夏侯覇は顔に笑みを漂わせ、元姫はつられて微笑んだ。夏侯覇はたとえ嫌いな者だとしても顔には出さない。姜維とは真逆だ。それが彼の聡明さでもある。

 宮中が目前に見えてきた。門の前には衛兵と一人の男が立っていた。見目麗しいその男は顔見知りであり、かつて師事した男である。巾で頭を纏め肩口まで横の髪を垂らし、紺色の長袍を纏っている男――荀彧。姜維は拱手し頭を下げる。

「お久しぶりでございます、荀令君。姜伯約、ただいまはせ参じました」

「ご苦労様です。夏侯覇殿も、元姫殿もお久しぶりですね。さあ、早く、司馬昭殿がお待ちです」

 焦っているようだった。余裕がない、そのように見受けられる。訝しげに姜維は首を傾げるも荀彧に着いていく。もしかして核の事を知っているのだろうか。――いや、それは有り得ない。荀彧が知っているのならば、元姫は此処にはいないはずだ。ならばもう、核が暴れているのか。にしては洛陽が平穏過ぎる。となると、内部で何かが起こっている。そう考えてもいいかもしれない。そうこう考えていると目の前の荀彧は小さく笑った。

「相変わらずですね、そうやって考え込む癖。考え込んでいると、周りが見えなくなるのも」

「文若殿も相変わらずお綺麗な事で」

「褒め言葉として受け取っておきます。……あなたが来訪すると聞いたら皆さん会いたがっていましたよ」

「それ、何処かで刺すつもりでしょう。私は騙されたりしない」

「ふふ、そうかもしれませんね。鼎立の時代とはいえ、裏切り、北伐を行ったあなた達を憎んでいる方もいますから」

 荀彧は曹操の覇業を支えた男だ。曹操に送られた称号――魏公就任を否定し、曹操からお払い箱にされ、一時は蜀に身を寄せていたそうだ。そのため、蜀に対しては比較的友好ではある。趙雲や法正とも知り合いらしい。

 宮中の内部をしばらく歩き、武器庫を通り過ぎて隣――そこには司馬家の邸宅があった。何故司馬家に、と思ったが特に口に出さず、荀彧に着いていく。同じ疑問を夏侯覇も持っているようだった。

 これは、何かがおかしい。そう思わずにはいられない。

「司馬昭殿、司馬師殿、いますか」

 荀彧は司馬家の下女達に一礼し、邸宅へ入っていく。何かがおかしいのは気付いていたがそれが何なのかまではわからない。ただ荀彧に着いていくしかなかった。荀彧の声を聞いてやって来たのは巾で髪を纏め、少しだけ巾から髪を垂らしている男――司馬師だ。司馬昭の兄である。そして姜維と夏侯覇の元上司だ。

「荀彧殿、すみませぬ。ご足労頂いて……」

「いえ、私は出来る事をしたまでです。では、私はこれで」

 一言言い残し、荀彧は邸宅から出て行く。司馬師は歩き出し、姜維達は彼に着いていった。長い廊下を歩き、やって来たのは一室だ。扉を開けて入れば、中には大きな寝台に一人の男が伏せっていた。

 魏の忠臣――司馬懿である。

 その傍には司馬昭と一人の女性が。恐らく司馬懿の妻だろう。


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