操者の陰謀~未来へ向けて~
「何もあんなに否定しなくてもいいんじゃないですか、姜維殿」
洛陽近郊。姜維は都から離れ、洛陽近郊に流れる河川の前に座っていた。傍には夏侯覇が控えている。一キロ離れたほどに小さな村があり、村の住人が川で釣りを楽しんでいた。小さな子供は浅瀬で水浴びをし遊んで居る。そんな魏の日常を眺めながら、姜維は不満げな顔を見せる。
「司馬懿殿を助ければ魏は蜀に恩が出来る。その時に二州を貸与して貰えば良かったと俺は思うけど」
「それではダメなんだ、夏侯覇。蜀が天下を制するには今、この鼎立の時代に領地を奪っておかなくてはならない。魏と呉が平和主義を貫いている今こそ好機」
蜀が有している領地は西側だ。益州とその上の漢中。中原への足がかりとなる荊州は、呉と巡って対立し、乱世の時代に戦となり、呉の裏切り遭って関羽が瀕死の重体に追い込まれ手放す事となった。今は魏と呉が有している。蜀は呉と比べても国力の差は歴然。更に魏となると何倍、いや、それどころではない。
「戦争でもする気か?」
「いずれそうなる」
「まあ……それは、そうだろうけど」
次いつ起こるかもしれない乱世。そのために国力を増強しておきたい。となると漢中の上――涼州と雍州は取っておきたい。そうすれば長安まですぐ侵攻出来るし、魏や呉とも対する事が出来る。
「夏侯覇、お前とて鼎立派など少数派しかいない事くらい知っているだろうに」
鼎立を提唱したのは司馬昭だ。劉禅が呼応し、呉を取り入れて三国は鼎立時代を迎えた。すぐに崩れると思っていた鼎立の時代も十年以上経っている。小競り合いはあるものの、大きな戦はない。国境で問題はあれど、特に国家を揺るがす問題は起きたりしていない。
だからこそ推進派が生まれている。
蜀は元々漢王朝の復興を掲げている。それを諦める事など出来ない――そういった推進派が増強しており、今では鼎立も危うくなって来ていた。
「それはそうですけど……平和は陛下の願いじゃないですか」
「ああ。それを踏みにじる事は痛ましく思う。だが、主公は乱世に似合わぬお方。平和をその身に感じて貰うには憂いすら絶たなければならない」
「――だからこその北伐ってか?」
夏侯覇は姜維の傍に腰を下ろし、深く溜め息を吐いた。
「姜維殿、確かに陛下は劉備様のように戦慣れしていないし、戦も上手くない。そもそもあの方は座しているだけの皇帝だ。成都で安楽に暮らしている方が似合うお方だ。乱世じゃなければ、治世を保てた皇帝だろうな」
その通りだ。姜維は夏侯覇の言葉を遮らずただ耳を傾ける。
「このまま、鼎立を続けても何処かで綻びが生まれるっていうあんたの考えもわからなくはねえよ。だけど、その陛下の気持ちを踏みにじって北伐をするのも俺は好かない」
「だから、私はこの鼎立の時代に、魏と呉から領地を奪う」
「何処かで戦争になるぜ」
「構わない。その時は徹底的に叩くだけだ」
全ては蜀のため。中華の未来のため。誹られようと、不義と罵られようと動かなければならない。時間が経てば人は死ぬ。乱世を知る人が居なくなってしまう。戦を知り、導ける人が居なくなれば終わる。人間は不老と言えど不死ではない。寿命もいつかはやって来る。動ける前に、動かなくては。乱世が色褪せる前に。
「ほんっと、姜維殿はめんどくさい性格してるよな! 俺じゃなかったら陛下にバレて、アンタ、今の地位剥奪されているところだぜ。……何故、俺に言った?」
「裏切る可能性がないと思ったからだ」
実際は何となくなのだが言わない事にしておいた。笑われると思ったからである。
「月英殿とかには言っていないのか」
「言う訳ないだろう。言った時点で私は成都から遠ざけられる。月英殿はたとえ仲間でも、乱世を引き寄せるのなら排除するだろう。諸葛元丞相の妻だからな。諸葛元丞相も、そういうお人だ」
だから、言ったのはお前が初めてだ。そう告げれば夏侯覇は照れ臭そうにし、やっぱり姜維には俺がいないとダメって事だな、とふざけた事を吐き出したため彼の首根っこを掴んで川へ放り投げた。
「言って後悔した。長江に沈めるぞ」
「ほ、本気で突き落とす奴が居るかよ!」
「癪に障ったからだ」
「お前、今度から絶対助けてやんねえからな!」
いいから早く上がって来い。姜維はそんな視線を向けてから、呆れの言葉を吐き出し立ち上がる。そろそろ宿でも探さなくてはと思っていたところだった。




