↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界保育士は異世界で休みたい~戦力外の私ですが、子守唄で騎士団を救っているようです~  作者: 蜜豆
終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/51

第一節

 春になった。


 こっちの春は、日が延びるのが早い。冬のあいだ短くなっていた日没の鐘が、日ごとに遅くなっていく。気づくと、夕方が長くなっていた。


 中庭の石の隙間から、また草が出ていた。

 去年掘ったのと同じ場所だった。同じ種類かどうかは分からない。葉の先が丸いので、たぶん同じだと思う。


 ティアの部屋の窓辺には、鉢がある。

 去年の草は、冬を越した。一度、葉が全部落ちて、駄目かと思った。イルゼさんが「根が生きていれば戻ります」と言って、その通りになった。


 今は葉が九枚ある。ティアが毎朝数えている。


「みおり、きゅうまい」


「うん、九枚」


「きのう、はちまい」


「増えたね」


「ふえた」


 その子は六つになった。

 背が伸びて、去年の服が着られなくなった。袖を出しても足りないので、全部作り直した。手習いの字は、私より上手くなっている。


 私は、シッターに戻った。


 戻ったというより、辞めていなかった。冬のあいだ、王妃陛下が任を解かなかったので、そのまま続いている。名簿には載った。給金も出るようになった。銀貨で受け取って、いくつかを芋に換算する癖は、まだ抜けていない。


 声は、まだ完全には戻っていない。


 長く喋ると、途中で掠れる。掠れると、しばらく出なくなる。医者は「戻る」と言い、癒し手は「傷ではない」と言い、シリルさんは「分からない」と言った。


 歌ってはいない。


 試していないのではなく、試すたびに、途中で止まる。三番まで通せたことが一度もない。

 歌えていないので、効いているかどうかも分からない。


「みおり」


「はい」


「うた」


 ティアが言った。

 朝の手習いが終わって、板を片付けたところだった。


「あの、まだ喉が」


「しってる」


「うん」


「みじかいのでいい」


 その子は、私の前に座った。

 指を立てて、こちらへ向けた。

 手遊び歌だった。ひとさし指を立てて、とんとん、と合わせるやつ。一年前、この子が六回やらせたやつだ。

 私は、指を立てた。


 声を出した。


 最初の一節で、掠れた。

 止まった。止まったところで、ティアが指を止めた。止めて、待った。


 私は、もう一度出した。


 続いた。二節目まで行って、そこでまた掠れた。

 ティアが、私の指に自分の指を合わせた。


 とん、とん。


 声が出ていないところで、その子が合わせてきた。合わせて、口を動かした。音は出ていなかった。口の形だけ。


 私の歌だった。

 この子が、覚えていた。


 私は、指を動かした。声は出さなかった。出さないまま、二人で指を合わせた。


 とん、とん。とん、とん。


 最後まで、やった。

 やり終えて、ティアが言った。


「できた」


「できたね」


「みおり、こえ、なくてもできる」


 私は、返事ができなかった。

 できないので、その子の頭に手を置いた。

 置いたら、頭突きみたいに押し返された。


「もっかい」


「もう一回は、無理かな」


「もっかい」


 結局、三回やった。

 三回目には、私は声を出していなかった。ティアも出していなかった。

 二人で、指を合わせていた。


 昼を過ぎて、イルゼさんが呼びに来た。


「みおり様。厨房から、砂糖が届いております」


「あ、はい」


「三掴みぶんとのことです」


「三掴み」


「詰所からの依頼だそうで」


 私は、少し笑った。

 飴だった。あの人たちは、しつこい。


「ティア様、飴作る?」


「つくる」


「じゃあ、行こうか」


「みずやってから」


 その子は鉢のところへ行って、器で水をやった。慎重にやる。こぼさないように、ゆっくり。

 やり終えて、私を見上げた。


「きょうで、なんかい?」


 私は、指を折った。

 折って、途中で分からなくなった。


「……分からない」


「わからないの?」


「うん。数えるの、やめちゃった」


 ティアは、少し驚いた顔をした。

 それから、笑った。


「みおり、かぞえるのすきなのに」


「うん。好きだったんだけどね」


 その子は、器を置いて、私の手を掴んだ。


「いこ」


 厨房へ行く途中、窓から中庭が見えた。

 石畳に、日が当たっていた。


 人が何人か出ている。洗濯物を運ぶ人。荷車。犬。壁の上を歩く人。


 全部、去年と同じだった。


 同じなのに、名前が分かる人が増えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。