第九章 名前のない未来
第九章 名前のない未来
ライブフェスから数日後。
春山桜の生活は、一気に変わり始めていた。
SNSにはライブ動画が上がり、
コメントが増えていく。
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『歌詞が刺さった』
『泣きながら聴いた』
『この人の歌もっと聴きたい』
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最初は怖くて、あまり見られなかった。
でも気づけば、毎晩読むようになっていた。
自分の言葉が、
知らない誰かへ届いている。
それが嬉しくて、不思議だった。
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放課後。
桜はいつもの音楽室で、新しい曲を書いていた。
窓から春風が吹き込む。
桜の花びらが、机の上へ落ちた。
ノートには、何度も消した跡が並んでいる。
最近、曲を書くのが難しかった。
歌いたいことはある。
でも、言葉にしようとすると止まってしまう。
「スランプ?」
後ろから結衣の声。
桜は苦笑する。
「……かも」
結衣は隣へ座る。
「前は、どんどん書いてたのに?」
「なんか最近、“ちゃんとしなきゃ”って考えちゃって」
フェスが終わってから、
周りの期待が増えた。
“次もいい曲を書かなきゃ”
“もっと上手くならなきゃ”
そう思えば思うほど、
言葉が出てこなくなる。
結衣はしばらく黙ってから言った。
「桜くんってさ」
「うん?」
「“誰かのため”に歌える人だけど、“自分のため”にも歌っていいんだよ」
桜は目を瞬かせる。
「……自分のため?」
「うん。苦しい時、自分を救うために歌ってたでしょ?」
その瞬間。
桜は、最初の頃を思い出した。
誰にも聴かれなかった駅前。
震える手。
孤独だった夜。
それでも歌っていた。
“生きたかった”から。
桜は静かにノートを見る。
気づけば、
“誰かに認められる歌”を書こうとしていた。
でも、本当に歌いたかったのは――。
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その夜。
桜は一人、河川敷へ向かった。
夜風が気持ちいい。
街の灯りが川に揺れている。
ギターを抱え、
ゆっくり弦を鳴らす。
そして、小さく歌い始めた。
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“うまく笑えない日も
未来が見えない夜も
僕は僕を嫌いになりたくない”
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自然に言葉が溢れてくる。
考えるより先に、
胸の奥から出てくる。
桜は夢中で歌った。
誰のためでもなく、
ただ自分の心のために。
歌い終わった時、
後ろから拍手が聞こえた。
振り返ると、
高瀬が立っていた。
「……え!?」
「こんばんは」
高瀬は笑う。
「たまたま通ったら、君の声が聞こえてね」
桜は急に恥ずかしくなる。
「す、すみません」
「なんで謝るの」
高瀬は静かに言った。
「今の歌、すごくよかった」
桜は驚く。
「でも、未完成で……」
「未完成だからいいんだよ」
高瀬は川を見ながら続けた。
「人って、“完璧な歌”より、“本当の歌”に惹かれるから」
その言葉が胸に残る。
高瀬は桜を見る。
「君、デビューしたい?」
突然の言葉だった。
桜は息を止める。
「もちろん簡単じゃない。厳しい世界だし、傷つくことも多い」
夜風が吹く。
「でも君には、“歌う理由”がある」
桜は静かにギターを握る。
歌う理由。
それは――。
生きるため。
誰かに、
“ひとりじゃない”って伝えるため。
高瀬は一枚の紙を差し出した。
ライブ出演契約書。
「正式に、うちでやってみない?」
桜の心臓が大きく鳴る。
夢だった。
ずっと遠かった場所。
でも今、
その入口が目の前にある。
怖い。
けれど。
桜は、もう知っていた。
怖くても、
進みたいと思えることを。
桜は夜空を見上げる。
春の星が、
静かに光っていた。




