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桜の歌  作者: 挑戦王
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第十章 プロへの一歩

第十章 プロへの一歩


ライブ出演契約書。


その紙を前にして、春山桜はしばらく動けなかった。


河川敷を流れる夜風。


遠くの車の音。


全部が、夢の中みたいに遠かった。


「……本当に、俺でいいんですか」


桜は小さく聞く。


高瀬は笑った。


「君、その台詞好きだね」


桜は少し恥ずかしくなる。


高瀬は真面目な顔になった。


「もちろん、これから大変だよ」


その声は静かだった。


「プロを目指すって、“好き”だけじゃ続けられない」


桜は黙って聞く。


「数字も見られる。評価もされる。傷つくことも増える」


胸が少し苦しくなる。


「でも、それでも歌いたい?」


その問いに、

桜はゆっくり目を閉じた。


苦しかった夜を思い出す。


孤独だった頃。

未来が見えなかった日々。


でも、歌に出会った。


友達ができた。


結衣と出会った。


“生きたい”と思えた。


桜は顔を上げる。


「……歌いたいです」


高瀬は静かに頷いた。


「なら、やってみようか」


その瞬間。


桜の人生が、

少しだけ未来へ動き出した。


---


翌日。


桜は音楽室へ向かって走っていた。


息を切らしながらドアを開ける。


「結衣! 蓮!」


二人が同時に振り向く。


「どした!?」


「なんかあったの!?」


桜は少し息を整えてから言った。


「……事務所、正式に決まった」


一瞬、静寂。


次の瞬間。


「うおおおおおお!!!!」


蓮の叫び声が音楽室に響く。


「マジかよ!! やべぇ!!」


蓮は桜の肩を揺らす。


「いてっ、いてて!」


結衣は口元を押さえていた。


目が少し潤んでいる。


「……そっか」


優しく笑う。


「本当に、夢に近づいたんだね」


その言葉を聞いた瞬間。


桜は急に実感が湧いてきた。


夢じゃない。


本当に始まるんだ。


---


その日から、生活はさらに忙しくなった。


学校。

レッスン。

ライブ練習。

曲作り。


放課後は事務所へ通い、

発声練習やステージ指導を受ける。


プロの世界は甘くなかった。


「もっと感情を乗せて」


「声が不安定」


「リズムが走ってる」


何度も注意される。


悔しかった。


帰り道、一人で落ち込む日もあった。


“自分には無理なんじゃないか”


そんな考えが頭をよぎる。


でも、そのたびに思い出す。


駅前で歌っていた頃。


誰も立ち止まらなかった夜。


それでも歌うのをやめなかった。


だから今も、

前を向ける。


---


ある日のレッスン後。


高瀬が言った。


「春山くん、次のライブ決まったよ」


「え?」


「オープニングアクト」


桜は目を瞬かせる。


「有名アーティストの前座。客は千人くらいかな」


千人。


桜の頭が真っ白になる。


今までで一番大きな舞台だった。


高瀬は笑う。


「緊張する?」


桜は正直に頷く。


「めちゃくちゃ……」


「だろうね」


高瀬は続けた。


「でもさ、君の武器って、“完璧じゃないこと”なんだよ」


桜は驚く。


「え?」


「苦しんだこと。迷ったこと。弱さを隠さないこと」


高瀬は真っ直ぐ言った。


「だから、人の心に届く」


その言葉に、

桜の胸が熱くなる。


---


帰り道。


桜はイヤホンもつけず、夜の街を歩いていた。


風の音がする。


空を見上げる。


昔は、

未来なんて見えなかった。


でも今は違う。


怖いけど、

進みたい場所がある。


届けたい歌がある。


会いたい未来がある。


スマホが震える。


結衣からだった。


---


『今日もおつかれさま

無理しすぎないでね』


---


短いメッセージ。


でも、それだけで救われる。


桜は立ち止まり、

小さく笑った。


そして返信する。


---


『ありがとう

もっと、いい歌作る』


---


送信したあと、

桜は夜空を見上げる。


春の星が、

静かに輝いていた。


その光は、

これから始まる未来を照らしているようだった。


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