第八章 春のフェス
第八章 春のフェス
四月。
新しい制服。
新しいクラス。
二年生になった高校生活。
けれど春山桜の毎日は、去年とはまるで違っていた。
放課後になると、すぐライブ練習。
休日はスタジオ。
歌詞を書いて、
ギターを弾いて、
何度も歌う。
新人ライブフェスまで、あと二週間。
桜は毎日、不安と期待の間を揺れていた。
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「声、少し疲れてる」
スタジオ帰り、結衣が心配そうに言う。
「……そんなに?」
「頑張りすぎ」
桜は苦笑した。
最近は練習が楽しくて、止まれなかった。
もっと上手くなりたい。
もっと届けたい。
そう思えば思うほど、夢中になっていた。
結衣は自販機で買った温かいミルクティーを渡す。
「はい」
「ありがと」
缶の温かさが手に広がる。
結衣は静かに言った。
「桜くん、ちゃんと休むのも大事だよ」
「うん……」
「無理して壊れたら、悲しいから」
その言葉に、桜は少し胸が締めつけられる。
自分のことを、
こんなふうに心配してくれる人がいる。
それがまだ不思議だった。
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フェス前日。
桜は眠れなかった。
ベッドの上で天井を見る。
もし失敗したら?
観客に響かなかったら?
期待外れだと思われたら?
ネガティブな考えばかり浮かぶ。
スマホを見ると、蓮から大量のメッセージが来ていた。
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『明日絶対見に行く!!』
『暴れていい!?』
『サイン練習しとけよ!!!』
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桜は思わず吹き出した。
緊張が少し和らぐ。
そのあと、結衣からもメッセージが届く。
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『大丈夫。
桜くんの歌、ちゃんと届くから』
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短い文章。
でも、それだけで救われる。
桜はスマホを胸に抱えながら、小さく目を閉じた。
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ライブフェス当日。
会場は今まで見たことがないほど大きかった。
人、人、人。
スタッフが走り回り、
音響チェックの音が響く。
控室には、他の出演者たちがいた。
派手な髪。
慣れた雰囲気。
プロみたいな空気。
桜は急に不安になる。
自分だけ普通の高校生だった。
「……帰りたい」
小さく呟く。
すると隣から声がした。
「初めて?」
振り向くと、ギターを持った女性シンガーが笑っていた。
二十歳くらいだろうか。
「顔、ガチガチだよ」
「……そんなわかります?」
「わかる。私も最初そうだったから」
女性は笑いながら言った。
「でもさ、お客さんって“完璧な人”を見たいわけじゃないんだよね」
桜は黙って聞く。
「“本気の人”を見たいんだと思う」
その言葉が、胸に残った。
スタッフが名前を呼ぶ。
「春山桜さん、準備お願いします」
心臓が跳ねる。
ついに来た。
桜はギターを握りしめる。
怖い。
でも。
ここまで来たんだ。
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ステージ袖。
客席の歓声が聞こえる。
眩しいライト。
何百人もの観客。
足が震える。
呼吸が浅くなる。
その時、客席の前方が見えた。
蓮が両手を大きく振っている。
隣には結衣。
目が合った瞬間、結衣が静かに頷いた。
――大丈夫。
そう言われた気がした。
桜は深呼吸する。
そして、ステージへ踏み出した。
歓声。
ライト。
熱気。
全部が一気に押し寄せる。
桜はマイクの前に立った。
少し震える声で言う。
「……春山桜です」
客席が静かになる。
「今日は、“生きるのが苦しかった人”へ歌います」
ギターを鳴らす。
静かなイントロ。
そして、歌い始めた。
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“誰にも言えない夜を
ひとりで抱えてた
それでも君が今日を生きたなら
それだけでいい”
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会場が静まり返る。
桜は歌う。
今までの全部を込めて。
苦しかった日々。
孤独だった夜。
救われた瞬間。
出会った人たち。
全部、歌に乗せる。
気づけば、怖さは消えていた。
ただ、届けたかった。
歌っている途中。
客席で涙を流している人が見えた。
目を閉じて聴いている人もいた。
その光景を見た瞬間。
桜の胸に、熱いものが込み上げる。
自分の歌は、
ちゃんと誰かへ届いている。
最後のサビ。
桜は声を張った。
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“明日が怖くても
君はひとりじゃない”
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歌い終わる。
静寂。
そして次の瞬間。
会場を揺らすような拍手が響いた。
大きな歓声。
桜は息を切らしながら立ち尽くす。
夢みたいだった。
涙が出そうになる。
客席を見る。
蓮が泣きながら叫んでいる。
結衣も涙を浮かべて笑っていた。
その顔を見た瞬間。
桜は思った。
――もっと歌いたい。
もっと、遠くまで届けたい。
ステージのライトが、
桜の未来を照らしていた。




