第七章 君の声で
第七章 君の声で
オーディションが終わった夜。
桜は一人、河川敷を歩いていた。
春の風が静かに吹いている。
遠くで電車の音が響く。
ギターケースを背負ったまま、空を見上げる。
不思議なくらい、心は静かだった。
結果はまだわからない。
受かるかもしれないし、落ちるかもしれない。
でも――後悔はなかった。
あんなふうに、本気で歌えたのは初めてだった。
スマホが震える。
画面には、結衣の名前。
「もしもし」
『おつかれさま』
電話越しの声が優しい。
その瞬間、張っていた緊張が少しほどけた。
「……めちゃくちゃ緊張した」
『ふふ、顔見たかった』
「絶対やばかったと思う」
『でも、ちゃんと歌えたんでしょ?』
桜は少し笑う。
「うん」
沈黙が流れる。
でも気まずくない。
結衣といると、静かな時間まで安心できた。
『ねえ』
「ん?」
『桜くん、変わったね』
桜は足を止める。
「……そうかな」
『最初は、自分のこと嫌いそうな顔してた』
胸が少し痛くなる。
図星だった。
昔の自分は、
何も持っていないと思っていた。
夢もない。
自信もない。
生きる意味もわからない。
『でも今は、“ちゃんと生きたい”って顔してる』
その言葉に、桜は目を閉じた。
川の音が聞こえる。
春の夜風が頬をなでる。
「……結衣のおかげだよ」
電話の向こうが静かになる。
「結衣がいたから、俺、ここまで来れた」
本心だった。
一人だったら、きっと途中で諦めていた。
怖くなるたび、
支えてくれた。
歌を信じてくれた。
自分を信じてくれた。
電話越しに、小さく笑う声がする。
『それ、ずるい』
「え?」
『今、ちょっと泣きそう』
桜も笑った。
胸が温かかった。
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数日後。
学校では新学期の準備が始まり、桜たちは二年生になる直前だった。
昼休み。
蓮が教室へ飛び込んでくる。
「桜ァァァ!!!!!」
ものすごい勢いだった。
「な、なに!?」
蓮は肩を掴む。
「メール!! 来てる!!」
「……メール?」
「オーディション結果だよ!!!」
桜の心臓が止まりそうになる。
急いでスマホを開く。
震える指で画面をタップする。
メールを開いた瞬間。
呼吸が止まった。
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『新人ライブフェス出演決定』
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桜は言葉を失った。
頭が真っ白になる。
蓮が叫ぶ。
「うおおおおお!!! やったじゃん!!!」
教室がざわつく。
「え、すごくない?」
「プロのライブ!?」
「春山やば!」
色んな声が聞こえる。
でも桜には、遠く感じた。
夢みたいだった。
自分が、
本当に一歩進めた。
気づけば、目が熱くなっていた。
「桜くん!」
結衣が教室へ駆け込んでくる。
息を切らしながら、桜を見る。
「受かったの!?」
桜は泣きそうな顔で頷いた。
その瞬間、結衣は思いきり笑った。
「よかった……!」
その笑顔を見た瞬間。
桜の涙がこぼれた。
蓮が慌てる。
「え!? なんで泣くんだよ!」
「……わかんない」
でも、本当はわかっていた。
嬉しかった。
苦しかった時間が、
無駄じゃなかったと思えた。
生きてきてよかったと思えた。
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放課後。
桜は誰もいない音楽室にいた。
夕日が差し込む。
静かな教室。
ギターを抱え、ゆっくり弦を鳴らす。
最初は、自分を救うために始めた歌だった。
でも今は違う。
誰かのために歌いたい。
苦しい夜を越える人のために。
孤独な誰かのために。
桜はノートを開く。
新しいページ。
そして、静かにタイトルを書く。
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『君の声で』
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窓の外では、桜の花びらが風に舞っていた。
春が、始まろうとしていた。




