第六章 春のステージ
第六章 春のステージ
三月の終わり。
高校では終業式が近づき、校内にはどこか浮ついた空気が流れていた。
けれど春山桜の心は、落ち着かなかった。
音楽事務所から、正式に連絡が来たのだ。
『新人ライブフェス参加オーディション』
通過すれば、大きなライブイベントへ出演できる。
観客は数百人。
音楽関係者も来るらしい。
桜はスマホの画面を何度も見返した。
指が少し震えている。
夢に近づいている。
でも、そのぶん怖かった。
---
放課後。
音楽室でギターを弾いていると、蓮が勢いよくドアを開けた。
「桜ーー!! 受けるんだろ!?」
「声でかいって……」
「絶対受けろ!!」
蓮は机を叩きながら興奮している。
「お前ならいけるって!」
桜は苦笑する。
昔から蓮は、誰よりも真っ直ぐだった。
その時、結衣も入ってくる。
「また騒いでる」
「だってさ! 桜の人生変わるかもしれないんだぞ!?」
結衣は桜を見る。
「……受けたい?」
その問いに、桜は静かに目を伏せた。
受けたい。
本当は、すごく。
でも――。
「もし落ちたらって思うと……」
言葉が続かない。
結衣は少し考えてから、桜の隣へ座った。
「ねえ桜くん」
「うん」
「前に言ってたよね。“届けたい”って」
桜は小さく頷く。
「だったら、受かるかどうかより、“届けに行く”ことのほうが大事なんじゃないかな」
その言葉に、桜はハッとした。
結果ばかり考えていた。
でも、自分が歌を始めた理由は違う。
誰かに届いてほしかった。
孤独な人に、
苦しい人に、
“ひとりじゃない”って伝えたかった。
桜はゆっくり息を吸う。
そして、小さく笑った。
「……受ける」
蓮が叫ぶ。
「よっしゃあああ!!」
音楽室に笑い声が響いた。
---
オーディション当日。
ライブ会場は、今までとは比べものにならないほど大きかった。
たくさんの出演者。
プロみたいな人たち。
緊張感。
桜は控室の隅で、静かにギターを握る。
周りの会話が聞こえる。
「フォロワー何万人でさ」
「去年も出たんだけど」
「事務所が――」
桜は俯く。
自分だけ場違いな気がした。
何者でもない高校生。
SNSのフォロワーも少ない。
有名でもない。
急に、自信がなくなる。
その時。
スマホが震えた。
結衣からのメッセージ。
---
『大丈夫。
桜くんの歌は、ちゃんと人に届くよ』
---
短い文章だった。
でも、それだけで胸が少し軽くなった。
続いて蓮からも来る。
---
『ビビってもいいから、全力で歌え!!!』
---
桜は思わず笑った。
一人じゃない。
そう思えた。
---
「次、春山桜さん」
スタッフに呼ばれる。
桜は立ち上がる。
足が震える。
でも、逃げたくはなかった。
ステージへ向かう。
眩しいライト。
広い客席。
審査員たち。
桜はマイクの前へ立った。
静寂。
深呼吸。
ギターを構える。
そして、ゆっくり口を開いた。
「……この曲は、“生きるのが苦しかった頃の自分”へ書いた歌です」
会場が静まり返る。
桜はギターを鳴らした。
タイトルは――『夜を越えて』
---
“消えたい夜を抱えながら
僕らは今日も息をしてる
泣きながらでも歩いたなら
きっと朝は来るから”
---
歌う。
ただ、まっすぐ。
技術じゃない。
上手く見せたいわけでもない。
本気で届けたい。
その気持ちだけを込めて。
歌っている途中。
桜は客席の一人と目が合った。
若い女性だった。
目に涙を浮かべながら、じっと聴いている。
その瞬間。
桜は確信した。
――届いてる。
胸が熱くなる。
声に感情が乗る。
歌詞が、心の奥から溢れていく。
会場全体が静かだった。
誰も喋らない。
ただ、歌だけが響いている。
そして最後のコードを鳴らし終えた瞬間。
大きな拍手が起こった。
桜は呆然と立ち尽くす。
震えていた。
怖かった。
でも今は――。
心の底から、
「歌ってよかった」
と思えた。




