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桜の歌  作者: 挑戦王
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第五章 夢の前で

第五章 夢の前で


「本格的に音楽、やってみる気ある?」


ライブハウスの薄暗い通路。


事務所の男性――高瀬は、真っ直ぐ桜を見ていた。


桜は言葉を失う。


頭の中が真っ白になる。


夢だった。


シンガーソングライターになること。


自分の歌を、もっとたくさんの人へ届けること。


でも、“夢”だったからこそ、

現実になるのが怖かった。


「……俺なんかで、いいんですか」


思わず口から出た言葉。


高瀬は少し笑った。


「“俺なんか”って言う人、多いんだよね」


桜は黙る。


「でもさ、今日のお客さん見た?」


桜はステージを思い出す。


泣いていた男性。

静かに目を閉じて聴いていた女性。

拍手を送ってくれた人たち。


高瀬は続けた。


「技術が上手い人はたくさんいる。でも、“心に残る人”は少ない」


その言葉が、胸に刺さる。


「君の歌には、“生きてきた痛み”がある」


桜は息を飲んだ。


「それは簡単に作れるものじゃない」


高瀬は名刺をもう一度差し出した。


「考えてみて。返事は急がなくていい」


そう言って去っていく。


桜は名刺を見つめたまま動けなかった。


---


帰り道。


蓮は大興奮だった。


「やっば!! スカウトじゃん!!」


「まだ決まったわけじゃ……」


「いや絶対いけるって!」


桜は苦笑する。


でも、心の中はぐちゃぐちゃだった。


嬉しい。

怖い。

信じられない。


色んな感情が混ざっている。


結衣はそんな桜を見ながら、静かに言った。


「桜くん、悩んでるね」


「……うん」


「怖い?」


桜は少し考えてから頷いた。


「夢って、叶いそうになると怖い」


結衣はその言葉を静かに聞いていた。


「もし失敗したらって思う」


「うん」


「期待されたぶん、ダメだった時が怖い」


風が吹く。


夜の街灯が、二人の影を伸ばしていた。


結衣は少し歩いてから、立ち止まる。


「でもさ」


桜を見る。


「桜くん、前は“未来なんてどうでもいい”って顔してた」


その言葉に、桜は目を見開く。


「今は違う」


結衣は笑った。


「怖くても、進みたいって思ってる」


桜は胸が熱くなる。


確かにそうだった。


昔は、“何もしたくなかった”。


でも今は違う。


歌いたい。

届けたい。

もっと先へ行きたい。


その気持ちが、ちゃんとある。


---


数日後。


桜は久しぶりに、一人で駅前へ向かった。


いつもの場所。


冷たい風。

人の流れ。


ギターケースを開き、静かに座る。


昔はここで、

誰にも見向きされなかった。


それでも歌い続けた。


あの頃の自分を思い出す。


孤独だった。


でも、歌だけは裏切らなかった。


桜はゆっくりギターを鳴らす。


そして、新しい曲を歌い始めた。


タイトルは――『まだ途中』


---


“夢を語るには弱すぎて

未来を信じるには怖すぎて

それでも僕は歌ってる

まだ途中のままで”


---


歌っているうちに、人が集まり始める。


スマホで撮影する人。

足を止める学生。

静かに聴く会社員。


桜は気づく。


“上手くなりたい”だけじゃない。


“有名になりたい”だけでもない。


自分は、

誰かの孤独に寄り添える歌を作りたい。


あの日、本に救われたみたいに。


---


演奏が終わる。


拍手が起こる。


その中で、一人の小学生くらいの男の子が近づいてきた。


「おにいちゃん」


桜はしゃがむ。


「ん?」


男の子は少し照れながら言った。


「ぼくも、歌すき」


桜の目が少し丸くなる。


「そっか」


「さっきのうた、かっこよかった!」


その笑顔を見た瞬間。


桜の胸に、温かいものが広がった。


ああ。


こういう瞬間のために、

自分は歌いたいんだ。


桜は夜空を見上げる。


冬が終わろうとしていた。


遠くで、春の風が吹いていた。


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