第四章 夢の入口
第四章 夢の入口
三月。
高校の校庭には、少しずつ春の色が広がっていた。
風はまだ冷たい。
けれど、冬とは違う匂いがする。
春山桜は、音楽事務所からもらった名刺を何度も見返していた。
机の上。
教科書の隣。
その小さな紙切れが、まるで未来への切符みたいだった。
けれど同時に、怖かった。
「……本当に、俺でいいのかな」
自室でつぶやく。
ギターを抱えたまま、天井を見る。
最近、期待されることが増えた。
「すごいね」
「絶対売れるよ」
「プロになれるって」
嬉しい。
でも、その言葉が重く感じる時もあった。
もし失敗したら?
もし、“才能がなかった”ってわかったら?
考え始めると、胸が苦しくなる。
昔みたいに、自信のない自分が顔を出してくる。
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翌日の放課後。
音楽室でギターを弾いていると、結衣が静かに隣へ座った。
「悩んでる?」
桜は苦笑する。
「顔に出てた?」
「ちょっとだけ」
結衣は窓の外を見ながら言った。
「怖いよね。夢って」
その言葉に、桜は驚く。
「結衣も?」
「うん。私、保育士になりたいんだ」
初めて聞いた夢だった。
「でも、“向いてないかも”って思う時ある」
結衣は小さく笑う。
「子ども好きだけじゃ、なれないから」
桜は黙って聞いていた。
結衣は続ける。
「でもね、“やりたい”って気持ちは、本物なんだよ」
その言葉が、静かに胸へ入ってくる。
「桜くんの歌も同じだと思う」
「……」
「上手いからとか、有名になるからじゃなくて。桜くん、本気で届けたいって思ってるでしょ?」
桜はゆっくりうつむく。
届けたい。
苦しい誰かに。
昔の自分みたいに、孤独な人に。
「……うん」
「じゃあ、大丈夫」
結衣は優しく笑った。
「夢って、怖くても進むものだから」
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その夜。
桜は新しい曲を書き始めた。
タイトルは――『弱いままで』
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“強くなれなくてもいい
涙を隠せなくてもいい
それでも明日へ歩くなら
それはきっと弱さじゃない”
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書きながら、桜は少し泣いていた。
これは、自分自身への歌だった。
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ライブイベント当日。
小さなライブハウスには、以前より多くの客が入っていた。
照明。
ざわめき。
緊張。
ステージ袖で、桜は深呼吸を繰り返す。
「顔真っ青だぞ」
蓮が笑う。
「うるさい……」
「でも、絶対いけるって」
結衣もそっと頷く。
「いつも通り歌えばいいんだよ」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
名前を呼ばれる。
桜はギターを抱えてステージへ上がった。
ライトが眩しい。
客席には知らない顔ばかり。
怖い。
でも、逃げたくはなかった。
桜はマイクを握る。
「……春山桜です」
少し震える声。
「今日は、自分の気持ちを歌います」
静かにギターを鳴らす。
そして、『弱いままで』を歌い始めた。
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歌っている途中。
客席の一番後ろで、涙を流している男性が見えた。
スーツ姿の、疲れた顔の男性。
桜はその人から目を離せなかった。
自分の歌が、誰かの心に触れている。
それがわかった。
胸が熱くなる。
歌詞が、音が、
まっすぐ客席へ飛んでいく。
気づけば、怖さは消えていた。
歌うことが楽しかった。
ただ、届けたかった。
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ライブ終了後。
大きな拍手が響く。
以前より、ずっと大きな拍手だった。
桜はステージの上で、少し呆然としていた。
こんな景色、自分には一生見えないと思っていた。
袖へ戻ると、蓮が勢いよく抱きついてくる。
「やばかった!! 鳥肌立った!!」
「苦しいって……!」
結衣も目を赤くしながら笑っていた。
「すごくよかった」
桜は照れながら頭をかく。
その時、事務所の男性が近づいてきた。
「春山くん」
桜は姿勢を正す。
男性は静かに言った。
「本格的に音楽、やってみる気ある?」
空気が止まった気がした。
夢の入口が、
目の前に現れていた。




