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桜の歌  作者: 唯
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## 第二十一章 五百人の景色

## 第二十一章 五百人の景色


ワンマンライブ当日。


十一月の空気は冷たく、

朝から街には白い息が漂っていた。


春山桜は、

会場裏の控室で静かに座っていた。


手が冷たい。


心臓がうるさい。


鏡を見ると、

自分でもわかるくらい緊張した顔をしていた。


「顔、死んでるぞ」


蓮が入ってくるなり笑う。


「……うるさい」


「大丈夫だって。お前なら」


桜は苦笑した。


でも、

怖かった。


今日のライブは、

“春山桜を観に来た人”だけが集まる。


もし期待に応えられなかったら。


もし届かなかったら。


そんな不安が、

頭の中をぐるぐる回る。


---


コンコン。


控室のドアが開く。


結衣だった。


「入っていい?」


「うん」


彼女は桜を見るなり、

少し笑った。


「緊張してるね」


「……バレる?」


「すごく」


桜はため息をつく。


結衣は隣へ座った。


「でも、それだけ本気ってことでしょ?」


その言葉に、

桜は少し黙る。


本気。


確かにそうだった。


怖いくらい、

このライブを大事に思っている。


結衣は小さな袋を渡した。


「これ、お守り」


「え?」


中を見ると、

小さな手作りのキーホルダー。


ギターの形をしていた。


桜は目を丸くする。


「これ……」


「頑張りすぎる桜くん用」


結衣は少し照れながら笑う。


胸がじんわり熱くなる。


桜はキーホルダーを握りしめた。


「……ありがとう」


---


開演十分前。


ステージ袖。


客席のざわめきが聞こえる。


スタッフが動き回る。


ライトの熱。


独特の緊張感。


桜は袖から、

そっと客席を見た。


息が止まる。


客席が、

埋まっていた。


五百人。


本当に、

自分の歌を聴きに来てくれている。


胸がいっぱいになる。


その時、

高瀬が隣へ来た。


「見た?」


桜は小さく頷く。


高瀬は静かに言った。


「君がここまで頑張った証拠だよ」


桜は目を閉じる。


昔の自分を思い出す。


未来なんて見えなかった。


ひとりぼっちだった。


駅前で、

誰にも届かない歌を歌っていた。


でも。


続けてきた。


苦しくても。


怖くても。


歌うのをやめなかった。


スタッフの声が響く。


「春山さん、お願いします!」


ついに始まる。


桜は深呼吸した。


そして、

ゆっくりステージへ踏み出す。


---


歓声。


ライト。


眩しい景色。


五百人の拍手。


桜の胸が強く震える。


マイクの前に立つ。


静寂。


桜は客席を見渡した。


前列には、

泣きそうな顔の蓮。


優しく笑う結衣。


そして、

たくさんの人たち。


自分の歌を待ってくれている人たち。


桜は小さく息を吸った。


「……こんばんは」


会場が静かになる。


「春山桜です」


歓声が上がる。


桜は少し笑った。


「今日は、来てくれてありがとうございます」


声が震えていた。


でも、

もう隠さなかった。


「昔の俺は、“未来なんていらない”って思ってました」


客席が静まる。


「でも、歌に出会って、人に出会って……ここまで来れました」


桜はギターを握る。


「だから今日は、“生きててよかった”って思える夜にしたいです」


大きな拍手。


桜は目を閉じる。


そして、

最初のコードを鳴らした。


---


“泣きたい夜を越えて

君は今日もここにいる”


---


『今日を生きて』


会場いっぱいに、

歌声が広がる。


客席の光が揺れる。


桜は歌う。


今までの全部を込めて。


苦しかった夜。


孤独。


救われた瞬間。


大切な人たち。


全部。


全部、

歌に変えて届ける。


歌いながら、

桜は思った。


未来は、

怖いだけのものじゃない。


ちゃんと、

希望もあるんだと。


ステージの光の中で、

春山桜は確かに笑っていた。


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