第十六章 始まりの景色
第十六章 始まりの景色
七月。
夏の空気が街を包み始めていた。
セミの声。
強い日差し。
夕立の匂い。
春山桜は、人生で初めてのMV撮影の日を迎えていた。
「うわ、本当にカメラある……」
駅前の広場。
大きなカメラ。
照明機材。
スタッフたち。
桜は完全に緊張していた。
高瀬が笑う。
「歌う時より緊張してない?」
「……してます」
スタッフたちが小さく笑った。
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撮影場所は、
桜にとって特別な場所ばかりだった。
最初に向かったのは、
いつもの駅前。
誰にも見向きされなかった場所。
最初の路上ライブで、
震えながら歌っていた場所。
カメラマンが言う。
「自然に歩いてみて」
桜はゆっくり歩く。
あの日の自分を思い出す。
未来なんて見えなかった。
でも、
歌だけはやめられなかった。
「いいね、その表情!」
スタッフの声が響く。
桜は少し照れくさくなる。
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次の撮影場所は河川敷だった。
夕焼けが広がっている。
風が気持ちいい。
ギターを抱え、
草の上へ座る。
「ここ、好きなんですか?」
カメラマンが聞く。
桜は静かに頷いた。
「……苦しい時、よく来てたので」
高瀬が少し離れた場所で聞いている。
桜は続けた。
「ここで歌ってる時だけ、“生きてていいかも”って思えたんです」
その言葉に、
スタッフたちが静かになる。
高瀬は小さく言った。
「それ、そのままインタビューで話して」
「えっ」
「今の、すごく大事だから」
桜は少し恥ずかしくなった。
でも、
本当のことだった。
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夕方。
最後のシーン撮影。
駅前ライブの再現だった。
通りを歩く人たち。
夕暮れ。
オレンジ色の光。
桜はいつものようにギターを鳴らす。
『今日を生きて』を歌い始める。
すると、
通行人が自然と立ち止まり始めた。
撮影とは知らない人たちまで、
静かに聴いている。
桜は歌いながら気づく。
少し前までは、
ここで一人ぼっちだった。
でも今は違う。
歌を待ってくれる人がいる。
届いている実感がある。
最後のサビ。
桜は空を見上げながら歌った。
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“生きていていい
君はひとりじゃない”
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歌い終わる。
気づけば、
周りから拍手が起こっていた。
撮影スタッフだけじゃない。
偶然立ち止まっていた人たちも、
拍手をしていた。
桜は目を丸くする。
胸が熱くなる。
その時。
人混みの向こうに、
結衣と蓮の姿が見えた。
「サプライズ成功!」
蓮が大きく手を振る。
「来てたの!?」
「当たり前だろ!」
結衣も笑っていた。
「すごくよかった」
その笑顔を見た瞬間、
桜の胸の奥がじんわり温かくなる。
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撮影後。
三人で河川敷へ座る。
空には夏の星が浮かんでいた。
蓮がジュースを掲げる。
「MV完成記念ー!」
「まだ完成してないけど」
「細けぇことはいいんだよ!」
結衣がくすっと笑う。
風が吹く。
しばらく静かな時間が流れた。
その時、
結衣がぽつりと言った。
「桜くん、遠くへ行っちゃいそう」
桜は驚いて彼女を見る。
結衣は笑っていた。
でも、
少しだけ寂しそうだった。
桜はすぐに首を振る。
「行かないよ」
「ふふ、どうかな」
「本当に」
桜は真っ直ぐ言った。
「俺がここまで来れたの、二人のおかげだから」
蓮が急に黙る。
「……そういうの、弱いんだけど」
「泣くなよ?」
「泣いてねぇし!」
でも声が少し震えていた。
結衣は優しく笑う。
桜は夜空を見上げる。
昔は、
未来なんて怖かった。
でも今は違う。
まだ不安もある。
迷うこともある。
それでも。
進みたい未来が、
ちゃんと目の前にあった。




