表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の歌  作者: 挑戦王
16/24

第十六章 始まりの景色

第十六章 始まりの景色


七月。


夏の空気が街を包み始めていた。


セミの声。

強い日差し。

夕立の匂い。


春山桜は、人生で初めてのMV撮影の日を迎えていた。


「うわ、本当にカメラある……」


駅前の広場。


大きなカメラ。

照明機材。

スタッフたち。


桜は完全に緊張していた。


高瀬が笑う。


「歌う時より緊張してない?」


「……してます」


スタッフたちが小さく笑った。


---


撮影場所は、

桜にとって特別な場所ばかりだった。


最初に向かったのは、

いつもの駅前。


誰にも見向きされなかった場所。


最初の路上ライブで、

震えながら歌っていた場所。


カメラマンが言う。


「自然に歩いてみて」


桜はゆっくり歩く。


あの日の自分を思い出す。


未来なんて見えなかった。


でも、

歌だけはやめられなかった。


「いいね、その表情!」


スタッフの声が響く。


桜は少し照れくさくなる。


---


次の撮影場所は河川敷だった。


夕焼けが広がっている。


風が気持ちいい。


ギターを抱え、

草の上へ座る。


「ここ、好きなんですか?」


カメラマンが聞く。


桜は静かに頷いた。


「……苦しい時、よく来てたので」


高瀬が少し離れた場所で聞いている。


桜は続けた。


「ここで歌ってる時だけ、“生きてていいかも”って思えたんです」


その言葉に、

スタッフたちが静かになる。


高瀬は小さく言った。


「それ、そのままインタビューで話して」


「えっ」


「今の、すごく大事だから」


桜は少し恥ずかしくなった。


でも、

本当のことだった。


---


夕方。


最後のシーン撮影。


駅前ライブの再現だった。


通りを歩く人たち。


夕暮れ。


オレンジ色の光。


桜はいつものようにギターを鳴らす。


『今日を生きて』を歌い始める。


すると、

通行人が自然と立ち止まり始めた。


撮影とは知らない人たちまで、

静かに聴いている。


桜は歌いながら気づく。


少し前までは、

ここで一人ぼっちだった。


でも今は違う。


歌を待ってくれる人がいる。


届いている実感がある。


最後のサビ。


桜は空を見上げながら歌った。


---


“生きていていい

君はひとりじゃない”


---


歌い終わる。


気づけば、

周りから拍手が起こっていた。


撮影スタッフだけじゃない。


偶然立ち止まっていた人たちも、

拍手をしていた。


桜は目を丸くする。


胸が熱くなる。


その時。


人混みの向こうに、

結衣と蓮の姿が見えた。


「サプライズ成功!」


蓮が大きく手を振る。


「来てたの!?」


「当たり前だろ!」


結衣も笑っていた。


「すごくよかった」


その笑顔を見た瞬間、

桜の胸の奥がじんわり温かくなる。


---


撮影後。


三人で河川敷へ座る。


空には夏の星が浮かんでいた。


蓮がジュースを掲げる。


「MV完成記念ー!」


「まだ完成してないけど」


「細けぇことはいいんだよ!」


結衣がくすっと笑う。


風が吹く。


しばらく静かな時間が流れた。


その時、

結衣がぽつりと言った。


「桜くん、遠くへ行っちゃいそう」


桜は驚いて彼女を見る。


結衣は笑っていた。


でも、

少しだけ寂しそうだった。


桜はすぐに首を振る。


「行かないよ」


「ふふ、どうかな」


「本当に」


桜は真っ直ぐ言った。


「俺がここまで来れたの、二人のおかげだから」


蓮が急に黙る。


「……そういうの、弱いんだけど」


「泣くなよ?」


「泣いてねぇし!」


でも声が少し震えていた。


結衣は優しく笑う。


桜は夜空を見上げる。


昔は、

未来なんて怖かった。


でも今は違う。


まだ不安もある。


迷うこともある。


それでも。


進みたい未来が、

ちゃんと目の前にあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ