第十三章 広がっていく世界
第十三章 広がっていく世界
五月。
春山桜の名前は、少しずつ広がり始めていた。
ライブ動画の再生数は増え続け、
フォロワーも毎日増えていく。
駅前で路上ライブをすれば、
立ち止まる人が明らかに増えた。
「あ、あの人だ」
「動画の子じゃない?」
そんな声が聞こえるたび、
桜はまだ不思議な気持ちになる。
少し前まで、
誰にも見向きされなかったのに。
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放課後。
桜は事務所でレコーディングをしていた。
ヘッドホン。
マイク。
ガラス越しのスタッフ。
何度も歌い直す。
「もう少し感情を抑えて」
「語尾、丁寧に」
「サビ前、息を多めに」
プロの現場は細かかった。
桜は必死についていく。
でも、うまくいかない。
何度歌っても、
“これじゃない”感じが残る。
レコーディングが終わった頃には、
喉も心も少し疲れていた。
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帰り道。
夜の駅前を歩いていると、
自然といつもの路上ライブの場所へ足が向く。
誰もいない。
桜は静かに座り、
ギターを鳴らした。
マイクもない。
照明もない。
ただ、夜風だけが吹いている。
桜は小さく歌い始める。
すると、
仕事帰りの男性が立ち止まった。
次に、
女子高生が足を止める。
自然と人が集まっていく。
桜は気づく。
やっぱり、自分はここが好きだった。
“そのまま”の歌を届けられる場所。
上手く見せる必要もない。
ただ、本音を歌えばいい。
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演奏後。
拍手の中、一人の少年が近づいてきた。
中学生くらいだろうか。
制服姿で、
少し緊張している。
「あの……」
「ん?」
少年は俯きながら言った。
「俺、学校でずっと浮いてて」
桜は黙って聞く。
「でも、春山さんの歌聴いてたら……なんか、頑張ろうって思えました」
その言葉に、
桜の胸が熱くなる。
昔の自分なら、
誰かを励ませるなんて思わなかった。
でも今、
確かに歌が誰かへ届いている。
少年は小さく笑った。
「俺も、ギター始めてみたいです」
桜は驚いたあと、
優しく笑う。
「絶対、楽しいよ」
その瞬間、
少年の顔が少し明るくなった。
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その夜。
結衣と電話をしていると、
桜はぽつりと呟いた。
「なんか、不思議なんだよね」
『なにが?』
「昔の俺、“自分なんて必要ない”って思ってたのに」
窓の外を見る。
夜空が広がっている。
「今は、“待ってくれてる人がいる”って感じる」
電話の向こうで、
結衣が静かに笑った。
『うん』
「それが嬉しい反面、怖くもある」
『期待されるのが?』
「……うん」
少し沈黙が流れる。
結衣は優しい声で言った。
『でもさ』
「ん?」
『桜くん、最初から“完璧”じゃなかったでしょ?』
桜は苦笑する。
「まあ……うん」
『だから、今も完璧じゃなくていいんだよ』
その言葉に、
桜は目を閉じた。
結衣は続ける。
『苦しんだことも、迷うことも、全部含めて桜くんの歌だから』
胸が温かくなる。
自分の弱さを、
否定しなくていい。
そう思えるようになったのは、
きっと彼女のおかげだった。
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数日後。
高瀬から新しい話が届く。
「配信デビュー、やってみる?」
桜は目を丸くする。
「配信……?」
「オリジナル曲を正式リリースするんだよ」
スマホで世界中へ届けられる。
本格的な音楽活動。
桜は息を飲む。
夢みたいだった。
でも、
同時に責任の重さも感じる。
高瀬は笑った。
「怖い?」
桜は少し考えてから頷く。
「……はい」
「でも、ワクワクしてるでしょ」
その言葉に、
桜は自然と笑ってしまった。
確かにそうだった。
怖い。
でも、
もっと遠くまで歌を届けたい。
その気持ちは、
どんどん大きくなっていた。
桜は窓の外を見る。
青空の向こうに、
まだ知らない未来が広がっている気がした。




