第四章 道を示す者(6)
ロミルダを見送った僕は、沈黙と、多分穏やかな笑みとともに、みんなの下に戻った。
セレーナには軽く頷くだけだったけど、彼女は何か察したように頷き返してくれた。
それを見ていたらしい浦野も、胸をなで下ろしているようだった。心配をかけてしまったけれどそれは杞憂に終わった。あるいは、もし僕があの時、ロミルダの告白に激高していれば、浦野の予感は当たっていたのかもしれない。
もう心配ない、と告げ、セレーナもそれを認めるように、さあ始めましょう、と続けた。
そして、最後の決戦場、カノン基地のコントロールルームに、足を踏み入れる。
各自、好き好きの席を選んで座り、ベルトを締める。
そのベルトを締めたとき、もう二度と戻れないかもしれないドルフィン号の船内を思い出す。
寝心地の悪いハンモックベッドも時々点かないことのある読書灯も、みんな懐かしく思い出す。
ドルフィン号のマスコット、ペンギンのぬいぐるみはキアラがだっこしている。寂しそうに頭をなでている。
僕は頭を左右に振って、感傷を追い出した。
ロミルダから聞いたこと。ロミルダの正体について考えること。
山のように考えたいことはあるけれど、彼女は、それはいずれ歴史学者になって追え、と言ってくれた、ような気がする。
だから僕は、今ここで成すこと、セレーナとともに成し遂げることに、集中しなくちゃならない。
「マービン、リストは大丈夫だね」
「ええ、完全なリストをジーニー・ルカに与えてあります」
「ジーニー・ルカ、合図を何度か繰り返す。その度に、あらかじめ示しておいた接続先へつないでいって」
『かしこまりました』
今や、ジーニー・ルカの声を聴くことができるのは、僕の左腕の音声インターフェースだけだ。
「セレーナ、準備は」
「いつでも」
セレーナは真剣な顔をしてうなずき、それから、はっとして、笑顔でうなずきなおした。
「では、僕らの最初で最後の戦争の開始だ。ジーニー・ルカ、接続先、エミリア王宮、ウドルフォ・ロッソ公爵」
返答はなく、その代わり、セレーナの目の前の通信パネルに接続中を表す表示が灯った。
そのパネルの横には、セレーナ自身のIDが挿入してある。
堂々と。
ここにいるぞ、と宇宙中に示すように。
そして十数秒、パネルに変化があった。
少しあわてたようなロッソの顔が映る。
「ジーニー・ルカ、次。接続先は、地球新連合国務省、オオサキ・アヤコ外交官」
僕が命じている間も、ロッソは何かをわめいている。
「……閣下、お黙りなさい。まだその時ではありません」
セレーナは、まるで昔と逆転した立場で鋭く命じ、そのあまりの迫力に、ロッソは黙った。
オオサキ・アヤコ、つまり母さんへの回線もすぐにつながった。
彼女は、何も言わず、微笑んでいるとも見えるような柔らかい表情で、たぶん彼女の前のパネルに映っているセレーナの姿を見ている。
今日、このタイミングでこんな通信が入るかもしれないと予期していたかのように。
以前『本件を全面的に担当』と宣言していた母さんは、あるいは、ずっとこのときを待ち続けていたのかもしれない。
「……次。ロックウェル連合国、国務統括本部、コンラッド・マルムステン本部長」
すぐに別のパネルが接続中表示になり、やや待ったのち、画面に人影が映った。それは、コンラッドの秘書官のようだった。
何の用だ、と問う彼に身分を示し、すぐに本部長閣下を出しなさい、と高圧的に命じるセレーナ。秘書官は画面から消えてどこかへ行く。
三者のにらみ合いがしばらく続いた。
ロッソや母さんも、セレーナがコンラッドを呼び出そうとしていることに気が付いたようで、緊張の面持ちでそれを待っている。
やがて、三番目のパネルに、人のよさそうなコンラッドの顔が現れた。そして彼も、宇宙の緊張の糸を引き合う首脳が勢ぞろいしていることに気が付き、目を見張るようなしぐさを見せる。
「……ジーニー・ルカ、最後だ。エミリア全国民への強制放送」
それは、すべての放送システムへの干渉。
ただ垂れ流している放送ビデオの全チャンネルに割り込むばかりでなく、災害用の街路放送、緊急放送信号による個人端末への強制配信まで、ともかく、ネットワーク側から一方的に配信可能なありとあらゆるチャンネルへの、セレーナの姿の放送だ。
緊急放送信号の一つは、個人の情報端末の画面に強制的に放送ビデオを流すことができるシステムだ。これを見つけたことで、この放送の届く範囲は何倍にも広がっただろう。
事実、この緊急放送信号は、エミリア国外にいるエミリア国民にさえも、星間通信を通して届くようになっているのだから。
最後に、ジーニー・ルカの目の一つとして準備した何億という監視カメラのうち、エミリア王宮前市街の繁華街の映像の一つを、四つ目の表示パネルに灯した。
僕は小声で、エミリア国民のセレーナへの好意の比率を得るようジーニー・ルカにオーダーした。回答は、31.1パーセントの国民が好意を感じている、というものだった。
行方不明の美貌の王女の帰還、その割にはこの数字は低い。
セレーナも貴族たちが進める陰謀の首謀者の一人だ、と見ているものもいるのかもしれない。あるいは、貴族たちの陰謀にこそ好意的で、それに反発する王女を疎ましく思うものも、含まれているかもしれない。
これからセレーナが語ることで、その事実は徐々に見えてくるだろう。定期的に報告するようオーダーし、推移を見守ることにした。
「……そろったようですね。ロッソ摂政様、コンラッド本部長閣下、オオサキ外交官殿、突然のお呼び出し、大変恐縮にございますが、ここで、私の立場をはっきりとさせたく、このような乱暴な手段を用いました。まずはそのことをお詫び申し上げます。それから、これをお聞きのエミリア全国民のみなさん、どうぞ、王女の声をお聞きください。そして、何を選びたいか、それぞれがよく考えていただきたいのです」
セレーナの口上が始まる。
さりげなく、エミリア全国民がこの会見の中継を見ている、ということを交えることで、不用意な恫喝や、あるいは一方的な退席を封じるあたり、やっぱりセレーナはこういうことに敏いところがある。
「……さて、まず、ウドルフォ・ロッソ公爵摂政閣下、それからおそらく後ろでこれを聞いている、アルフォンソ・エミリオ・グッリェルミネッティ国王陛下」
セレーナが言うと、ロッソは目を細めてセレーナを睨むようなしぐさを見せた。
「お二方、それに、諸侯の皆様方のお考えは、この王女は十分に理解しているつもりです。エミリア王国は、マジック鉱に依って立つ国です。この資源を贖うことこそ国の礎と言っても過言ではありますまい。ですから、地球新連合に対する間接輸出の試み、惑星カロルの開拓に対する警戒、そういったものは、我が王国を守るための最善の策とお考えになられた、そうでしょう」
セレーナが言うと、何かを考えるようなそぶりを見せ、それから、ロッソは口を開いた。
『そこまでお分かりでしたら、殿下、もはや話すことはありますまい。どうぞ、王宮にお帰りください』
しかし、セレーナは、首を横に振る。
「心情は理解するとは申しましたが、今、あなた方が行っていることを認めるとは申しておりません」
セレーナが言ったとき、ジーニー・ルカが、30パーセント、とレポートした。やや下がっているか、あるいは誤差の範囲か。完全に知るための条件を、今は満たしていない。セレーナの瞳は、ロッソを刺し貫いているのだ。
「国を、国民を、守る、その動機は善なるところでしょうが、それでも、宇宙から孤立してはなりません。人は他人から孤立して生きていくことはできないのです。人の集まりである国であるなら、なおさらのことです」
『それはきれいごとにございましょう。エミリア王国の産業は資源に依存している、しかも、それが独占産品であることで価値が維持されているがために成り立っているのです。この取引がほかのものの意図で阻害されたり、価値を失うようなことがあれば、それは王国の終焉であり、あまねく民も国と運命を共にしましょう』
「それでも、地球とロックウェルを敵としてしまえば、同様の運命が待っておりましょう。売る相手がいなくなってしまえば、それは失くしてしまったと同然です」
『我が国を苦しめるために、彼らが根気強く制裁を続けるだろうとおっしゃるのですな。それは、私の考えとは多少異なってございます』
一瞬だが、彼の口の端に笑みのようなものが見えた気がする。
『我らと彼らの決定的な違いは、無謬の王を頭上に頂き絶対の忠誠を誓う民に支えられているか、愚か者さえ含む民が為政者を選ぶ権利を持っているか。その点にございます』
彼は、モニターの中にちらりと視線を走らせたように見えた。おそらく、そこに映っている、二名の共和国代表の表情を確認したのだろう。
彼は傲慢にも、彼らを蒙昧な民に選ばれたものだと誹謗したのだから。
『彼らの中にも、マジック技術を生業とするものがいます。為政者たちがけなげに耐え続けられたとしても、民たちは耐えられますまい。いずれ不満は為政者に向けられるでしょう。一方我がエミリアは、王家諸侯の蓄えた富を補償金として開放する準備がございます。我々は、相手が音を上げるまでの間、民を養い続けることができるのです』
そう言われてみると、彼の戦略は、上手くいきそうな気さえしてくる。
共和国では、民の不満が直接為政者の交代となる。政治は混乱し、あるいはエミリアに同情的な勢力が台頭することもいずれ起こるだろう。そして、エミリアを枢軸として宇宙を二つに割った新しい秩序が誕生する。
王国は、そのような災禍に見舞われることはない。貴族たちの貯めこんだ財で、制裁で苦しむ民を救済すると言うのだ。
彼らがなぜ、無謀とも言える数々の陰謀を突き進めたのか、その答えがここでようやく見えてきた。
地球に対する迂回輸出の試みは、上手くいけばよし、さもなければ、相手の制裁というカードを切らせ、逆に宇宙からマジック鉱を干上がらせることにより相手を窮地に追い込む役割を果たす。
当初、セレーナが止めようとした一件の成否は、どちらでもよかった。
「何年……かかるとお思いですか」
『何十年でも耐えて見せましょう』
ジーニー・ルカの定期レポート。セレーナ支持率16.6パーセント。
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