第5話:ハイ・エルフ、路地裏の怪光線に常識を疑う
『ひだまりパン亭』に拾われてから、初めて迎えた休日。
私はマルタさんに教えてもらった街の大図書館を目指し、街の賑やかな中央通りを歩いていた。相変わらず道行く人々は多種族に溢れ、見ているだけで退屈しない。
お天道様の光を浴びながら歩いていると、ふと、大通りから一本外れた薄暗い路地裏から、賑やかな子供たちの声が聞こえてきた。
「やーっ! 喰らえ、オーク流・唐竹割り!」
「甘いぞ! 人間ナメんな、一刀流・燕返し!」
見れば、人間の男の子と、小さな牙の生えたオークの男の子が、楽しそうにチャンバラごっこに興じている。多種族の国らしくて微笑ましい光景だな、と長い耳を揺らして目を細めた――のは、ほんの一瞬だった。
「……はぇ?」
間抜けな声が、私の口から漏れた。
私の四百年の常識が、路地裏の光景を前にして全力で悲鳴を上げている。
彼らが手にしていたのは、ただの木刀でもなければ、鈍く光る鉄の玩具でもなかった。
ぶ厚い金属の柄から伸びていたのは、バチバチと激しい火花を散らしながら、赤と青に怪しく明滅する『光の刃』だったのだ。
(ら、光線剣……!?)
私はガタガタと膝を震わせた。
エルフの故郷の古い文献で読んだことがある。遥か昔、剣の道を極め、魔法の深淵に至った伝説の『魔法剣士』たちが、自らの体内に膨大な魔力を練り上げる『魔力炉』を形成し、生涯をかけてようやく実現できるという外世界の最高峰たる幻の神話兵器。
かすり傷一つで肉体を消し飛ばすというあの凶悪な光線刃を、人間の子供とオークのガキんちょが、お気楽極まりない様子でブンブンと振り回しているのだ。
「あ、危ないっ! 二人とも、今すぐそれを捨てなさ――」
絶叫しながら路地裏に飛び込んだ私だったが、その言葉は途中でフリーズした。
オークの男の子が放った鋭い一撃が、人間の男の子の胴体を綺麗に、真っ二つに薙ぎ払ったのだ。しかし。
「あはは、当たった! タイムタイム!」
「ちぇー、見切ったと思ったんだけどなー」
斬られたはずの男の子は、お腹をさすりながらけろりとして笑っている。よく見ると、激しく激突したはずの光の切っ先は、相手の肉体を傷つけることなく、まるで行水でもするように素通りしていた。
「……え? 幻術……?」
「なんだい、この尖り耳のお姉ちゃん。変な顔して」
不思議そうに私を見上げてくる子供たち。いや、不思議なのはあんた達だ。その手にある『伝説の神話兵器(仮)』をよく見ると、柄の底に小さな、けれどこの国では見飽きたあの鉱石が嵌め込まれていた。
安価で、どこにでもあって、湯水のように使われている、あの魔導石だ。
どうやらこれも、有り余る魔導石を贅沢にぶち込んで作られた、ただの『光るだけの安全な玩具』らしい。
(……いや、おかしいでしょマルセーク!!)
心の中で全力のツッコミが炸裂する。
伝説の魔法剣士の生涯をかけた神秘が、この国では子供たちの小遣いで買えるチャンバラ用のオモチャとして消費されている。ミークロヴェレの時も思ったけれど、この国の魔導技術の発展の方向性と経済原理は、やはりどこか決定的に狂っている。
私は眩暈を覚えながら、これは一刻も早く図書館へ行き、この国の歴史と構造を調べなければならないと、固く心に誓うのだった。
*
路地裏を抜けて再び大通りへと戻り、大図書館を目指して歩みを進める。
しかし、商人の国マルセークは、四百年の引きこもりエルフである私をそう簡単には目的地へ行かせてくれないらしい。
しばらく歩いていると、突然、前方にいた街の人たちが一斉に足を止めた。
見れば、行く手を阻むように、黄色と黒の縞模様で塗られた長い竹のような棒に行く手を阻まれた。それと同時に、近くに設置された鉄柱の上の赤いライトが激しく点滅し始め、耳をつんざくようなけたたましい音が街に響き渡る。
「……な、何ご事ですか! 敵襲!?」
私は長い耳をピンと立て、周囲をキョロキョロと見回した。けれど、街の人たちは誰も武器を抜こうともしない。それどころか、降ろされた黄色と黒の棒の手前で、ごく当たり前のように雑談をしながら待機している。
遮られた先の地面を見てみると、不思議なものがあった。長い二本の鉄の棒が、平行に地面に敷かれ、それがどこまでも続いていた。
「なんだろこれ……。エルフの結界か何かの術式でしょうか……?」
好奇心を抑えきれなくなった私は、黄色と黒の棒から身を乗り出して鉄の棒の先を覗き込んでいた。その時だ。
「おい、危ないぞ! 列車に轢かれる!」
グイッ、と力強い手で、後ろから服の首元を引っ張られた。
たたらを踏んで大通りの石畳に引き戻された私の耳に、『列車』という聞き慣れない単語が届く。
「れっしゃ……?」
意味が分からずにいた私の目の前を、黒くて大きな何かが物凄い勢いで通り過ぎていった。
―――ゴォォォォォォォォォンッ!!!
突風が私の金髪を激しく吹き乱す。
それは、鉄の箱がいくつも数珠繋ぎになった、山のように巨大な怪物のようだった。車輪が鉄のレールを削る凄まじい火花と金属音が、至近距離の私の鼓膜を震わせる。
列車か……なかなかのパワーとスピードだ。
などと思う余裕もなく、私は呆然とそれを見送った。
恐怖と驚愕に震えながら、突風の中で帽子を押さえ、あっという間に街の建物の向こうへと走り去っていく黒い怪物の後ろ姿を、完全に呆然としたまま見送ることしかできなかった。
「ふぅ、間一髪だったな。怪我はないかい、エルフの嬢ちゃん」
声をかけてくれたのは、私を引っ張ってくれた親切な人間の男性だった。私はガタガタと震える足を押さえ、消え入るような声でお礼を言う。
「あああ、あり、ありがとうございました……。あの、今のは、一体……」
「ははは、大方どこかの森から出てきたばかりなんだろう? あれは魔導列車さ。魔導石のエネルギーで動く、この国の物流の命綱だよ。あれのおかげで、マルセークでは毎日山ほどの物資が行き来してるのさ」
まただ。また『魔導石』である。
子供のおもちゃから、街を走る巨大な鉄の怪物まで、すべてがその潤沢なエネルギーによって動いている。
黄色と黒の棒がゆっくりと上がり、けたたましい音が鳴り止む。
新興国家らしい進取の気風のせいか、単なる慣れなのか、街の人々はすぐさま何事もなかったかのように再び歩き出す。私は爆発しそうな好奇心に突き動かされるようにして、大図書館へと足早に駆け出したのだった。
*
命からがら辿り着いたマルセークの大図書館は、外観に違わず、中も圧倒されるほどの本で埋め尽くされていた。
受付の司書の人に頼むと、私の目的を察してか、すぐに地図と歴史書を用意してくれた。ずっしりと重いそれらを閲覧室の木机に広げ、まず地図を広げると、私はさっそく驚かされた。
「……えっ?」
私が今いるこの大都会は、マルセークの首都などではなかったのだ。ここは『サイディーン』という名の、一地方都市に過ぎないらしい。
地図にはサイディーンの他にも、『マルク』『ケーナイン』『ティンヴァル』『グリーフト』という地方都市があるらしいことが記載されていた。そして、サイディーンのすぐ近くに私の故郷、黄金樹の森がしっかりと記載されていた。四百年間、世界のすべてだと思っていた森が、この国の大枠から見ればほんの小さな緑の点に過ぎない事実に、目眩がしそうだった。
では、この国の中心はどこなのか。視線を地図の中央へ移すと、そこには五つの地方都市のほぼ中心に位置する、巨大な都市が鎮座していた。
「首都、『アルグスヴルク』……」
ここよりさらに巨大な都市があるのかと驚きつつ、私は続いて分厚い歴史書へとページをめくった。
歴史書によると、スティルノ大陸の中央にあるこの地は、マルセークの建国前は南北の交通の要衝として戦乱が絶えなかったらしい。
そんな暗黒の時代に、彗星のように現れたのが一人の勇者だった。
「……勇者、ランディ・マキシマム?」
その名前を読んだ瞬間、私は思わず「なんか偽名っぽいな……」と呟いてしまった。マキシマムって。
だが、その勇者の成した業績は、神話そのものだった。
彼はいがみ合って協調の取れていなかった様々な種族を言葉を尽くして説得し、時に力づくで多種族連合軍を編成して、北のロージナ帝国、南の通商ギルド連合国の兵を散々に打ち負かして、マルセークを建国したとされている。
ランディは初代国王として、まるで未来の景色でも見えているかのように、様々なインフラを整えて急速にマルセークを強国へと発展させていった。
彼は英雄王だの勇者王と呼ばれていたが、彼自身はそういう大層な呼称を好まなかったらしい。「頼むから普通に呼んでくれ」と頭を抱える初代国王の逸話が、何とも人間臭くてクスリとくる。
しかし、読み進めるうちに、私は一つの大きな奇妙な点に突き当たった。
「……正体が、一行も書かれていない?」
これほどの英雄でありながら、彼の正体については歴史書でも謎のままだった。神からの使いとも、異世界からの転生者とも推測はあったけど、本当のところは分からない。
確実に分かっているのは、彼が八十五歳で、一人のただの『人間』として老衰で死んだということ。
外の世界の人間の寿命からすれば大往生なのだろうが、四百年を生きる私からすれば、あまりにも短い。
そして――この大図書館の最奥に、何枚かの彼の肖像画だけが残されているということだ。
今は四代目のライル・マキシマムが国王の座にある。
「ランディ・マキシマム……一体、何者だったのでしょうか……」
ミークロヴェレ、光線剣、そして魔導列車。
この国に満ち溢れる、あまりにも奇妙で、あまりにも便利な技術の数々は、すべてこの初代国王がもたらしたものに違いない。
私は居ても立ってもいられなくなり、歴史書を閉じると、その英雄王の姿を確かめるべく、肖像画が飾られているという図書館の奥のギャラリーへと、吸い寄せられるように歩き出すのだった。




