第19話:ハイ・エルフ、再会したスチャラカ国王にぶん回される
食料品店街に取って返して、山盛りのツナ缶(銅貨一枚で五個セットという、お手頃価格だった)とレタスとマヨネーズをクレジットカードで仕入れた私たちは、次なる市場の見学ポイントへと向かった。
ヘイスティさんが引く馬車が滑り込んだのは、アウグスブルクの広大な市場としてはちょっと場違いな気がする、華やかなファッションエリアだった。
通りには色とりどりの反物や生地、最新の既製品からオーダーメイドの見本がずらりと並んでいる。ここは全体的に 青年層──まあ、四百歳の私から見たら、人間の年寄りでも十分に若い子供みたいなものだけれど──の姿が目立っていた。
そのエリアの交差点、角の一等地にある大きな店舗の前で馬車が止まった。
「ここが我らが商会の 初号店にして本部でございます」
そう言ってヘイスティさんが指さしたのは、王室御用達の高級店……とはお世辞にも思えない、人間の年齢で言えばハイティーンからアラサー向けのカジュアルなアパレルショップだった。どこにも『王室御用達』などの看板は掛けられていない。
大きな看板には、赤地に白い文字で大きくこう書かれている。
『ユナクロ』
ユナイテッド・クローゼット、略して『ゆなくろ』。
――……怒られるわーーっ!!!
何に、どこから怒られるのかはエルフの私にもよく分からないけれど、とてつもない世界の壁的な危機感を覚えて、私は心の中で全力で叫んでいた。
気を取り直してユナクロの店内に入ると、内装は外から見た通りの若者向けのアパレルショップだった。これからの冬の到来に向けてか、厚手の防寒着がこれでもかと充実している。
試しに一着、ハンガーに掛かった羽毛外套を手に取ってみると、生地自体は値札に書かれた『銅貨八枚』に相応しい、決して高級とは言えない安物だった。だけど、縫製は驚くほどしっかりしていて、動きの激しい肘や肩回りは二重の頑丈な生地で補強されている。中には謎の軽い羽がみっちりと詰まっていた。
そう言えば、今朝がたヘイスティさんにいただいた上等な上着も、中に詰まっている羽の正体までは判然としなかった。もし本物の希少な水鳥の羽を贅沢に使っていたら、とても銅貨八枚なんかでは収まるはずがないのだ。ううむ、一体どういうカラクリで……。
「原料は鶏の羽だ。それを機械で細かく砕いて、防水・防臭術式を組み込んだ薬液に漬け込んでコーティングしてある。ま、薬液の成分は企業秘密だ、うすほそよ」
「誰がうすほそかーーっ!!」
脊髄反射で右手で繰り出した渾身の手刀だったが、バシッと男の片手によってあっさりと正面からブロックされた。
「来るとわかっていれば、カウンターを合わせるのは容易い。もっと精進するんだな、引きこもりエルフ」
「む、無念……っ!」
悔しげにステップを踏んで引き下がる私の前にいたのは、あの『反物問屋の若旦那』こと、現国王ライル・マキシマム陛下その人だった。
カジュアルなトレーナーにジーンズ、おまけに手には軍手をはめ、足元はスニーカーという、以前に『ひだまりパン亭』の店先に現れた時よりもさらに輪をかけて質素で、完全にただの『出荷作業中のアパレル業者』の姿である。
……けれど、そのトレーナーの胸の部分には、古代エルフ文字で【我こそ王様】とでかでかとプリントされていた。周囲の人間が誰一人読めないと思って、この男、王都のど真ん中でやりたい放題である。
「へ、もとい、若旦那! また社長室を抜け出して現場で出荷作業などをーー!!」
いつも紳士然として頼もしかったヘイスティさんが、今日一番の血相を変えて叫んだ。そりゃそうだ。普通の国の王様は、こんな大衆向けの量販店の店頭を軍手姿でうろついたりしない。
「業務は裏で完璧にこなしているのは、お前も知っているだろ? それよりも今日はユウ達が私の招待に応じて王都にやってきたのだ。招待人である私が出迎えないでどうする」
なるほど……いやいやいや! 納得しそうになったけれど、あんたはこの国の頂点!
国民一人一人の現場を見ているといえば聞こえはいいけれど、王としての権威とか配下への示しとか、何より自身の身の安全とか、色々と守るべき国家的なプライドがあるでしょーー!?
「よし、決めたぞヘイスティ。ここからの王都見学は私自らがガイドとして案内する。お前は大人しく馬車を引け」
「へ、いや、若旦那自らの案内なんて、畏れ多すぎてとてもとても……」
さすがのマルタさんも、本物の王様による私設ガイドの申し出に、完全にドン引きして小さくなっている。
「そうですよ、若旦那。ここは一つ、私にお任せを」
「くどいぞ、ヘイスティ。これ以上逆らうなら、 激安魔導の殿堂で買った『馬の覆面』を被せてそのまま走らせてやろうか!?」
――ド〇キってなんだ……。それに、下半身が本物の馬であるケンタウロスに、わざわざ馬の覆面を被せるなんて、なんて高度でシュールな屈辱刑だ……!
未知の単語に戦慄していると、ライル陛下は軍手をパンパンと叩いて笑った。
「それに案ずるな、今日の執務はすでに全て終わらせてある。堅苦しいこと抜きで、気楽にブワーっと行こうではないか!」
今、思いっきり自分で『執務』って言っちゃったよね!? 若旦那設定が完全に崩壊している。
それに気楽になんてむーりー! どこかの物陰から、北の国の闇エルフの狙撃手とかが王様の命を狙って矢を構えてたらどうするのだろうか、この人は……。
「ま、北のロージナ帝国の動きは常に気になるがな。だが安心しろ、我が国の北方、ケーナインに敷いた迎撃用の防御陣地はそうそう抜けまい。だから、黙って俺についてこい!」
どこかの無責任男みたいなセリフを爽やかに言い放つ陛下。まぁ、私たちのパンを金貨四枚で買い占めるほどお金は唸るほどある人だから、その点だけは心配ないのだけれど。
結局、私たちはこのスチャラカな若旦那の圧倒的なエネルギーに押し切られ、アウグスブルクの市街見学へと連れ出されることになったのだった。なにか国際トラブルに巻き込まれたら嫌だなー。不敬罪での斬首は勘弁してほしいなー。……あ、そういえば自分の新しい服を買うのを完全に忘れていた。
*
ちょっと、いや、かなり憔悴した表情のヘイスティさんが引く馬車は、賑やかな市場エリアを抜けて王都の奥へと進んでいった。
前部座席で腕を組み、ドヤ顔で座る若旦那の隣で、マルタさんが借りてきた猫のように小さくなっている。後部座席に座っている私とドリーも、緊張で背筋をピンと伸ばしきっていた。タキシードとドレスこそ身に付けてはいないけれど、心臓のバクバクは昨晩のディナー以上だ。
「次は市場と同じくらい、我がマルセークが誇る自慢の施設を見せてやる。ヘイスティ、場所は分かっているな?」
「はい、若旦那。仰せのままに……」
もはや、すべてを諦めきった平坦な声でヘイスティさんが答えた。
馬車は、王都の喧騒から離れた閑静な住宅街の中を進んでいく。広い敷地の中に建つ大きなお屋敷もあれば、こぢんまりとした小さな家もある。さらに、綺麗に一角に並んだ集合住宅まであった。どうやらこの国は、貧富の差だけで居住区を完全に分断しているという訳ではなさそうだ。
やがて馬車は静かな文教地区に入り、立派な寄宿舎が併設された、とある大きな学校の前で止まった。
広々とした校庭では、人間の子供も、様々な亜人の子供たちも混ざり合って、楽しそうに走り回っている。驚いたことに、全員が仕立ての良い綺麗な制服をきっちりと身にまとっていた。
「……? 陛下、もとい若旦那。このような高貴な貴族様方の子弟が通う学校が、この国の自慢の施設なのですか?」
疑問に思った私は、率直に前席の若旦那に聞いてみた。すると、陛下はいつものおどけた表情を消し、静かに首を横に振った。
「いや、違う。この学院の生徒は、全員が『孤児』だ。長じれば実力で貴族に成り上がる者もいるかもしれんがな」
「えっ……孤児、ですか……?」
私は絶句した。校庭を見回すだけでも、百人は下らない子供たちが元気に遊んでいる。マルタさんもドリーも、信じられないという風に目を見開いていた。
「建国以来、我が国では戦災孤児や災害孤児、親を北方との戦で失った者、あるいは商売に失敗して自ら死を選んでしまった者の残された孤児を、国費で全て養育してきた。中には、絶望のあまり子供まで道連れに無理心中を選んでしまう親もいる。本っ当に度し難い。国に頼ってくれれば、死など選ぶ前にいくらでも救済の支援策は用意してあるというのに、その情報が末端の弱者までなかなか行き渡らんのだ」
若旦那……いや、国王陛下は、正に苦虫を噛み潰したような、ひどく痛ましげな顔をしていた。
「それにだ、北方のロージナ帝国から家族ごと命がけで我が国へ亡命しようとして、国境線の結界際で子供だけをこちらへ投げ渡し、自身はロージナの追手の兵の矢に斃れるような夫婦もいる。そうして残された子供たちを立派に育て上げ、それぞれの適性に見合ったまっとうな職業に就けることこそが、我らの誇る【トラディション・オブ・マルセーク】なのだ」
……そう言えば、煌びやかな王都アウグスブルク、そして地方都市のサイディーンでも、物乞いやかっぱらいに身をやつす子供の姿を、私は一度も見たことがなかった。
どれだけ豊かな商業魔導王国であっても、その影には悲しい闇がある。それでも、この国とその国王は、その闇を少しでも小さくしようと、国費と資源を注ぎ込んで死に物狂いで努力しているのだ。
そう思うだけで、私のうすほそな胸の奥が、なんだかじんわりと温かくなった。
「なんだ、その身内を労うような暖かな物を見る目は!」
私の視線に気づいたライル陛下は、耳を少し赤くして、照れ隠しのように軍手の手を大きく振った。
「それにだ、綺麗事だけではないぞ。国の基はなんと言っても豊富な『人材』だ。王宮だけを例にとっても、毎日処理すべき官僚の事務案件は山のように積み上がる一方だからな。優秀な人材はいくらあっても足りん。あの【知恵の魔晶石】は、ミークロヴェレだの何だのといった益体もない魔導具のアイデアは次々と吐き出し続けてくれるが、この書類仕事の事務処理を劇的に楽にしてくれるような業務改善システムは一切提示してくれんからな!」
――『知恵の魔晶石』……! 図書館の伝説、本当に、王家の左手の甲に実在したんだ……! って、そんな最重要の国家機密、私みたいな一介のパン屋の店員にさらっと暴露しちゃっていいの!?
心の中のツッコミが完全に限界突破する。しかし、陛下は熱弁を振るい続けた。
「我が国ではとにかく働く者が足りんのだ。『使える者であれば親でも使え』という言葉もあるだろう?」
──いや、ハイ・エルフの四百年の歴史のなかでもそんな物騒な言葉は初耳ですけれど。たぶん、初代国王の遺した異世界の家訓に違いない。
「そんな訳で、戦で手足を失った者であっても、我が国は可能な限り能力を発揮して働ける環境を整えている。片腕を失っていても算盤を弾いて書類を書くことは出来る。歩けない者であっても、机の上で魔導回路の開発に従事することは出来る。生まれついての宿痾を抱えている者であっても、寝たきりでない限りは、その適正に完璧に見合った職に就かせて給料を払う。本当であれば、その有り余る知恵と寿命を持つ黄金樹の森のハイ・エルフどもも全員王宮に引っ張ってきて、官僚や技術者として働かせたいところなのだがな……」
なるほど、そんな徹底した全員雇用の国是から見れば、森のなかで何百年も気ままに引きこもって暮らしている我が同胞たちは、どうしようもなくもったいない贅沢な人的資源に見えるのだろう。
陛下の鋭い視線が、私の着ているTシャツにプリントされた古代エルフ語の【働きたくない】にじっと注がれている気がして、私はそっと長い耳を伏せた。
「……あの、陛下。それほど人が欲しいのなら、なぜ我が故郷の黄金樹の森には、これまで一切手をつけずにそっとしておいてくれたのですか?」
「ん? ああ、それは初代の王、ランディが結んだ古い不可侵の約定があってな」
「その約定とは……?」
国家の最高機密に触れるかもしれない疑問だったが、好奇心を抑えきれずに私は口にしていた。陛下はあっさりと、なんでもないことのように答えた。
「『高位精霊を完全に制御する魔導術式の知識』と交換に、我が国と黄金樹の森は未来永劫、不可侵であるという約定さ。なんでも、初代は建国当時、その最先端の魔法知識をこちらに渡さなければ、今すぐこの国の軍で森ごとすべて焼き払うぞと長老どもを脅しつけたらしいからな」
――物騒極まりないな、初代英雄王!!! それになんでそんな物凄いハイ・エルフの生命線を、脅されたからってあっさりと引き換えに渡しているんですか、我が黄金樹の森の長老たちーーー!!!
本当にこの国の歴史は、めくればめくるほどツッコミが追いつかない。
「まあ、そんな訳で我が国マルセークは穀潰しは養わんのだ。本当に働けない弱者には手厚い支援をしているがな。さあ、見学はここまでだ! 次は美味いもんでも食いに行くぞ!」
ライル陛下はそう言って、軍手を外して話を締めくくった。
この歪で、先進的で、そしてどこまでも優しい不思議な国、マルセーク。
私は自分の【働きたくない】Tシャツの胸元を少しだけ恥ずかしく思いながら、スチャラカだけど誰よりもこの国を愛している王様の後ろ姿を、今度は畏敬の念を込めて追いかけるのだった。




