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ハイ・エルフですが400年生きて見つけた天職はパン屋でした 〜どんくさエルフ、最高の小麦の声を聴く〜  作者: 各務原 夕


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16/21

第16話:ハイ・エルフ、王都の天上で極上の肉を貪る

 案内された高級ホテル『アルグスヴルク・グランドタワー』の十九階――宿泊エリアとしては最も高い位置にある最上級フロアに、私たちの部屋は用意されていた。ちなみに、さらにその上の最上階である二十階は、全面が展望レストランになっているらしい。

「よし、みんな部屋に身の回りのもん置いたら、三十分後に正装に着替えて昇降機(エレベーター)ホールへ集合だよ!」

「ええ! 正装ですか!? それって……!?」

 私が目を丸くすると、マルタさんがニヤリと悪戯っぽく笑った。

「あの若旦那(国王陛下)のツケで、この上のレストランで飲み食い放題さね!」

「おおっ! ならば南の国から届いた珍しい果実が食えるかもしれんな!」

 ドリーが喜びで突き出た牙をガチガチと鳴らす。せっかくの最高級ホテルの食べ放題ディナーだというのに、このオークはやっぱりどこまでもベジタリアンに徹するらしい。実にもったいない話である。

 しかし、正装かぁ……。

 私の手持ちの服といえば、支給された『ひだまりパン亭』の純白の厨房服か、拾ってもらった後に買ってもらった普段着のTシャツ(古代エルフ語の文字で『働きたくない』とプリントされている)とジーパン、それと行き倒れていた頃のボロ服しかない。……あ、いや、唯一あった。

 四ヶ月前、故郷の森を出てくるときに、餞別として長老から持たされたハイ・エルフの民族衣装だ。(※途中でガチで食うに困って古着屋に売り飛ばそうとしたけれど、なぜかお店の人に全力でお断りされた代物である)。

 一応、荷物の底に眠ってはいるけれど、人間の街の高級レストランにエルフの民族衣装なんかで入っていいのだろうか。……まぁ、あれしかないからしょうがないか。

 私はモヒカン(カリスマ美容師)さんに整えてもらったブロンドの髪を念入りに手入れし、その衣装に渋々袖を通すと、十九階の昇降機ホールへと向かった。

「へえ……。それがハイ・エルフの正装かい。大したもんだねぇ……」

 ホールで待っていたマルタさんが、私の姿を見るなりポカンと目を丸くした。

「『馬子にも衣装』ってのは本当だな……。こうして黙っていれば、本物の上位種族(ハイ・エルフ)に見えるわ」

 ドリーが感嘆したように言っているけれど、今、さらりと私の普段のどんくささをディスるような、もの凄く失礼なことを言われた気がする。ちなみにドリーは、その丸太のような巨体を特注の黒いタキシードできっちりと包み込んでいた。これまた清潔感があって妙に似合っているのが癪である。

 私が着ているのは、白を基調としたノースリーブの、絹のように滑らかなドレスだ。首元や裾には、金糸と銀糸で複雑な魔術刻印がこれでもかと美しく刺繍されている。

 長老から渡された時は「汚れを寄せ付けない魔導付与(防汚エンチャント)が施されている」と説明されたけれど、試したことはない。なにせ、この服に袖を通したのは人生で二回程度しかないのだ(ちなみに二回目は、サイディーンの娼館に身売りに行こうと決意した時である)。

「こんなんで本当に大丈夫なんですかね……? サイディーンの街でお金に困って売り飛ばそうとしたら、古着屋の店主の顔が真っ青になって、床に土下座して『うちの全財産を総動員してもお買取りはできません!』って断られたんですけど」

「あんたはなんて恐ろしいことをしようとしてんだい!!」

 マルタさんが悲鳴のような声を上げて私の頭をはたいた。

「風の女王(メイヴ)が編んだような、現代じゃ再現不可能な(ロストテクノロジーの)古代の最高級魔導仕立てのドレスじゃないかい! 下手すりゃサイディーンの街が丸ごと買えちまうよ!」

「ええ~! 本当でござるかぁ?」

「どこでそんな怪しい言葉を覚えてくるんだい! まったく、物の価値を知らない引きこもりってのは怖いねぇ……。まあ、いいわ。とにかく上に上がって食事といくよ!」

 チン、と軽い音を立てて開いた昇降機(エレベーター)の鉄の扉を潜り、私たちは一気に二十階の最上階へと昇った。


     *


 レストランの扉に足を踏み入れた瞬間、そこには三六〇度、全ての方向に王都アルグスヴルクの煌々とした近代的な夜景が広がっていた。

「わぁ……っ」

 もちろん、高層階だから吹きっ晒しというわけではない。いかなる技術を用いているのか、継ぎ目が一切見えない巨大な『透明の硝子』で、円形のフロア全周が完全に覆われているのだ。いや、硝子のように見える、別の未知の魔導物質かもしれない。

 なにせ、ここは初代国王の遺した超技術(オーバーテクノロジー)国家の心臓部、王都アルグスヴルクだ。もう何が使われていようが、私は驚かないぞ。

 ――と、そんな街の謎テクノロジーのことより。

 私の敏感な鼻腔には、そこかしこから漂ってくる、お肉の焼けるたまらなく良い匂いが届いていた。謎技術の考察よりも、今はごはんごはん。肉だ、肉をよこせ。

 給仕服をビシッと着こなした同族(エルフ)のウェイターさんに案内され、私たちは夜景の見える素晴らしいテーブル席に着いた。

 このレストランは、メインディッシュだけを最初に個別に注文し、前菜や副菜、スープやデザートは中央のビュッフェコーナーから選びたい放題、食べ放題という、まさに天国のようなシステムになっているらしい。

 私はメニューを見るなり、迷うことなく『テンダーロインの極厚塊肉ステーキ』を主菜に指名した。

「……お前、魔導列車の中でも牛焼肉弁当をがっついてただろ……」

 ドリーが呆れたように突き出た牙を鳴らして顔をしかめる。そんな彼はメニューを睨みつけ、通商ギルド連合国から海を越えて遥か東の国から伝わったとされる、『トーフのヤーパン風ハンバーグ』を注文していた。そこまで肉っぽさに未練があるような料理を頼むくらいなら、普通に本物の肉を食べればいいのに、本当に面倒くさいオークである。

「よし、ステーキが運ばれてくる間に、前菜を確保してきます!」

 私はドレスの裾を優雅にに翻しながら、ビュッフェコーナーへと突撃(ダッシュ)した。

 大皿から『ローストビーフの特製ソースがけ』と、ツヤツヤと輝く『腸詰めの燻製仕立て(スモークドソーセージ)』を、これでもかと皿の上に限界まで盛り付けていく。

 ふと隣を見ると、サラダバーから巨大なボウルの中に、狂ったように緑色のレタスやトマト、謎の豆類を山盛りに放り込んでいるドリーの姿があった。ドリーは私の皿の上に乗った「肉と肉の茶色いニ重奏(デュエット)」を見るなり、

「おい尖り耳!! 肉ばっかり食ってないで少しは野菜も食え!!」

 と、ドレス姿の私に向かって、半ギレ気味のツッコミを飛ばしてきたのだった。私は聞こえないフリをして、自分のテーブルへと意気揚々と帰還した。

 確保してきたローストビーフの特製ソースがけと、腸詰めの燻製仕立て(スモークドソーセージ)を肴に、南の国から届いたという甘酸っぱい果実酒をちびちびと嗜む。うん、これだけでもう天国だ。

 そうして至福の時間を過ごしていると、ついに本日の主役、待望のメインディッシュである『テンダーロインステーキ』が恭しく運ばれてきた。

「……っ」

 目の前に置かれたお皿を見て、私は思わず息を呑んだ。

 極厚、という言葉ですら生ぬるい。それはまるで、巨大なサイコロのような圧倒的な存在感を放つ肉塊だった。試しにフォークとナイフを使って横面を底面にしてみても、お皿の上できちんと自立している。なんという分厚さだろうか。

 私はカトラリーを慎重に操り、その美しい肉塊にスッと切れ目を入れて、一切れを口に運んだ。

「んんんっ……!!」

 噛み締めた瞬間、濃厚で上質な肉汁の旨味が、お腹を空かせた口の中いっぱいに爆発的に広がっていく。

 私の敏感な舌とエルフの感覚が、その調理プロセスを瞬時に脳裏へと描き出す。六面全ての表面をまずは中火で一気に焼き上げて美しい焼き目をつけ、肉汁を閉じ込める。その後、中はじんわりと優しく火が通るように、長時間の弱火で満遍なく加熱したのだろう。外の香ばしい焼き目の層の下には、完璧に火が入った絶妙な赤身の層が、たっぷりの肉汁を湛えて鎮座している。

 もう我慢できない。気がつくと私は淑女のプライド(そんなものはない)をかなぐり捨て、夢中になって極厚のステーキを貪り食っていた。

 ――だけど。

 お肉の合間に、テーブルの上のカゴに山盛りになっていたホテルの特製パンを口にしたとき。私の眉根がピクリと寄り、自慢のブロンドの髪から覗く長い耳が、少しだけ下に下がってしまった。

(美味しい。確かに美味しいパン、ですけれど……)

 それは、ただ『パン単独の美味しさ』だけをどこまでも追求しただけのように感じられたのだ。確かに使われている小麦もバターも最上級の物なのだろう。非の打ち所がない優等生だ。

 だけど、このお肉(テンダーロイン)と合わせるには、綺麗で繊細すぎる。

 うちの店で扱っているような、安い小麦が持つあの力強い『雑味』や野生味も、時にはこういう濃厚なお肉の味と合わせる時の強力な武器になるのだ。もし、この最高級のテンダーロインステーキに、私たちがサイディーンの厨房で毎日作っている、ひだまりパン亭自慢の『ローズマリーとくるみ』のパンを合わせたら――それこそ、お互いの味を引き立て合う、最強の組み合わせになっていたはずだ。

「マルタさん……。タダ飯でこういう贅沢なこと言うのもなんですけど。パンは、うちの店の方が上ですね」

「おや、気づいたかい、ユウ」

 マルタさんがワインのグラスを傾けながら、ニィッと嬉しそうに口元を歪めた。

「もしここの極上料理に、うちのハーブパンを組み合わせたら、これ以上の最強コンビはないと思いませんか?」

 彼女は「わかってきたね」と言いたげに頷いた。

「ふふ、ユウもだんだん立派な商売人の顔になってきたねぇ。そうさね、将来的にはこういう王都の最高級ホテルにも、うちのパンを納品したいもんさ。……よし、あの反物問屋の若旦那(国王陛下)のコネをフル活用して、なんとかねじ込みたいねぇ! まぁ、本当にそうなったら、今度は人はもっとたくさん雇い入れないとだけどさ!」

 マルタさんの栗色の瞳の奥に、かつてないほどギラギラとした激しい野望の炎が灯っていた。

 その炎を見て、私の胸の奥もドクンと熱くなる。

 ただ泥をすすって行き倒れていた私に、居場所をくれた大切な店。私もいつか、ちゃんとした本物のパン職人になって、マルタさんのこの大きな野望を隣で支えたい。そしていつかは、ここ、近代魔導の中心地たる王都アルグスヴルクに堂々と店を構えて、世界のパン屋の頂点を目指したい。

 気づけば、私の瞳の中にも、静かに野望の炎が宿り始めていたのだった。……まぁ、その壮大な夢の前に、まずはマルタさんに窯の扱いをきちんと教えてもらって、どんくささを叩き直さなきゃいけないのだけれど。

 ホテルのパンにほんの少しだけの不満(と自分たちのパンへの誇り)を覚えつつも、私は極厚ステーキを綺麗に平らげ、あまつさえデザートの冷たいバニラアイスまで別腹にしっかりと頂いて、この上ない大満足を覚えていた。

 そんな私の底なしの食欲を見て、後ろの席でトーフハンバーグをちびちび食べていたドリーが、呆れ果てた顔で「……シュヴァルツェス(暗黒の)・ロッホ(天体)……」とかボソボソと物騒な魔術用語を呟いていたけれど、どういう意味だろうか。まあ、褒め言葉として受け取っておこう。


     *


 至福のディナーを終えた私たちは、再び昇降機(エレベーター)で十九階へと降り、それぞれの個室へと入った。

 チェックインした時は、すぐに食事の約束があってバタバタしていたから気づかなかったけれど、改めて見回すと、そこは最上級フロアの名に恥じぬ見事な客室だった。

 豪奢なカーテンを開けると、窓の外には夜の王都アルグスヴルクの、あの雷精(ボルガドス)の雷灯による眩いばかりの美しい夜景が地平線まで広がっている。広くてふかふかの絨毯に、うすほそな私が五人くらい横一列に並んで寝ころんでもまだ余裕がありそうな、弾力性抜群の大きなベッド。広い大理石のバスルームには、見たこともないほどのアメニティの小瓶が充実している。

 私は広いお風呂でシャワーを浴び、モヒカン(カリスマ美容師)さんに整えてもらったブロンドの髪を念入りにお手入れした後、下着姿のままでふかふかのベッドへと滑り込み、清潔で温かいブランケットを頭まで被った。

(ふふ……本当に、夢みたいな一日でした……)

 明日から始まる、ヘイスティさんとの王都の本格的な市街探索。そして明後日に控えた、私たちの運命を決める開国記念祭の大舞台。

 窓の外の美しい都会の光を感じながら、私はこれからの未来へのワクワクとした胸の高鳴りとともに、そっと静かに目を閉じる。

 おやすみなさい、私の新しい世界。

 明日の朝も、きっと最高の小麦の香りが、私を待っているに違いない――。

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