第15話:ハイ・エルフ、近代魔導の首都に圧倒される
特上・牛焼肉弁当を平らげ、食後のハーブティーを楽しんでから二時間ほどが過ぎた頃。
ふかふかのソファがある個室の窓の外を流れる光景が、だんだんとその色彩を変え始めていた。
どこまでも続いていた緑の穀倉地帯が後ろへと去り、代わりに明らかに人工の建造物が増えてきている。線路と並行して美しく整備された広い街道。もし私がサイディーンのあの大都会の街並みを知らずに引きこもりのままここにきていたら、間違いなく「王宮か神殿か」と見間違えたであろう豪奢な商館や、どこぞの偉い貴族様のものらしき巨大なお屋敷が、物凄いスピードで窓の外を流れていく。
やがて、鉄の怪物はその咆哮を小さくするように徐々に速度を落とし、見たこともない密度の巨大な街並みへと滑り込んでいった。
いよいよ、スティルノ大陸の中心たる王都アルグスヴルクへと乗り込んでいくのだ。
列車は、地元のサイディーン中央駅とは比べ物にならない文字通りの国家規模を誇る、王都中央駅の大プラットホームへと滑り込み、静かに停車した。
「ほえ~~……」
列車を降りてプラットホームに立った瞬間、私はまたしても間抜けな声を上げて頭上を見上げていた。
そこには、森の古式ゆかしい教会でもちょっと見られないような、見事な色彩のステンドグラスが、遥か高い大天蓋を埋め尽くすように覆いかぶさっていたのだ。それ自体が発してるかのような光が、駅のホームを七色に美しく染め上げている。
さしものマルタさんや、巨体のドリーまでもが、完全に言葉を失ってその芸術的な建築に度肝を抜かれていた。
「……あたしも、王都にきたのは初めてでね……」
「俺もだ……。デカいな、おい……」
呆然としながら周りを見回すと、私たちが乗ってきた鉄路と並行して、何本もの鉄の道が整然と走っているのが見える。細部は違うけれど、私たちが乗ってきた魔導列車と同じような列車が、蒸気を小さく上げながら出発の時を待っているのも見えた。おそらく、それぞれがサイディーン以外の、他の地方都市へと四方八方に続いている物流の大動脈なのだろう。
お上りさん丸出しで立ち尽くす私たちの傍らを、多彩極まりない人々が足早に歩いていく。
オークやコボルト、ホビットに、牛の頭を持つミノタウルス(駅弁で牛焼肉弁当を食べた私は軽く戦慄した)までがごく当たり前に荷物を抱えて歩いている。そして、私はここで初めて『人間族』にも様々な人種がいるのだということを知った。
赤くて細かい縮れ毛に、顔の彫りが深い黒い肌の人。茶色い髪に、親しみやすい黄色い肌をした平たい顔の人。そして、私たちエルフと見まがうような透き通る白い肌の人。王都の中央駅という大舞台のせいだろうか、誰も彼もが清潔で実に身なりがいい。皆が生き生きとした表情を浮かべて駅の構内を行き交っているのが、ひどく印象的だった。
多種族の熱気に圧倒され、長い耳をパタパタさせて呆然としていると、背後からスッと洗練された声がかかった。
「人間の女将さんに、オークとエルフ……失礼ですが、こちらの皆様が『ひだまりパン亭』の御一行様ですかな?」
紳士然とした酷く落ち着いた声音に驚いて振り返ると、そこには、上等な上着をきっちりと着こなした、下半身が馬の種族――ケンタウロスの男性が立っていた。
「へい……もとい、我が商会の若旦那から、王都のご案内と御一行様の荷運びを仰せつかった、ヘイスティと申します。以降、お見知りおきを」
(あ、反物問屋の若旦那の設定、王都の案内人さんにもまだ使わせるつもりなんだ……)
お供の人たちの苦労が偲ばれる無理のある設定に、心の中でそっとツッコミを入れる。
貨物車の方へと目をやると、すでに駅のオーガの作業員たちによる荷下ろしが終わっており、私たちの調理器具や魔導樽は、頑丈な大型の荷車に綺麗に積み込まれていた。荷運びと言っていたから、このケンタウロスのヘイスティさんが自慢の四肢でこの荷車を引っ張ってくれるらしい。この広大な王都駅もサイディーンと同様に、ホームから荷馬車ごと直接、外の通りへと出ることができる画期的な構造になっていた。
*
そうして、ヘイスティさんに導かれて駅の外に出た瞬間。
そこには、私の想像を遥かに絶する驚天動地の光景が広がっていた。
「……な、なんですか、これ……?」
人が多いのは覚悟していた。直近に迫ったお祭りの熱気も予想の範囲内だ。
だけど、足元の地面は石畳でもなければ土でもない、真っ黒で滑らかな『謎の物質』で隙間なく綺麗に舗装されている。そして何より、すでに外は日が沈みつつあるというのに、日中のように煌々と街の隅々を照らし出している、妙に不自然な街灯の数々。
普通、街を照らす魔導灯からは強い精霊の気配がするものだが、このランプからはほとんど精霊力を感じないのだ。よく見ると、その謎のランプには、金属の細い紐を何かの奇妙な樹脂で包んだ長い『線』が繋がっており、それが街路のそこここに立つ高い柱を伝ってどこまでも伸びていた。
ハイ・エルフの鋭敏な感覚を研ぎ澄ますと、その線の内部から、バチバチとした微かな『雷の精霊』の力が走っているのを感じる。よく見れば、駅の周りにそびえ立つ近代的な建物からも、同じような明るい文明の光が漏れ出していた。
「雷灯を見るのは初めてでしょう? この王都アルグスヴルクでも、まだ一部のエリアで試験運用が始まったばかりですからね」
驚く私に、ヘイスティさんが誇らしげに教えてくれた。
彼の説明を、私の頭でも分かる程度の解釈に置き換えると、こういう恐るべき結論になる。
王都の郊外に設置された、あの魔導列車のシステムをさらに何倍にも巨大化させた超巨大蒸気機関。そこから莫大な雷精を強制的に召喚し、その雷の力を、王都中に張り巡らせた銅線のグリッドで行き渡らせるという、この世界の常識を完全に破壊しかねない未知のエネルギーインフラ。
ヘイスティさんの話では、いずれは各家庭のミークロヴェレや、キュルシュランク(なんでも、中に魔導の冷気を満たして、肉や野菜を冷やして新鮮なまま保存するような魔導機器らしい)も、個別の魔導石を消費せずに、この雷線に繋ぐだけで一斉に稼働させられるようにする、壮大な国家計画があるという。
(……間違いない。ミークロヴェレに冷却コンテナ、そしてこの送雷網……。マルセークの初代国王ランディ・マキシマムは、絶対に、絶対に一億パーセント異世界からの転生者だ……!)
漠然としていた想像が、完全なる確信へと変わる。この世界の魔法と精霊を、異次元の未来科学で効率よく飼い慣らした、歪で完璧な超文明。
「あの、ヘイスティさん。その、雷精を生み出している巨大な蒸気機関には、一体どんな高位の精霊を仕込んでいるのですか?」
「おっと、尖り耳のお嬢さん。それについては、お答えできませんな。あなた達のハーブとパン生地の調合比率と同様の、企業秘密ということでどうかご容赦を」
ケンタウロスの紳士は悪戯っぽくウィンクして笑った。やっぱりそこは最高機密級の最重要インフラらしい。
*
私たちは不夜城のように明るい大通りを一時間ほどかけて抜け、あの若旦那のコネで手配された、王宮の目の前に位置する開国記念祭会場の一等地へと向かった。王宮の門こそすでに閉まっていたけど、城壁は人の背丈ほどでひどく低い。国王陛下の脱走を可能にしているのも、この低い城壁故だろうか。外敵を国境で討ち払えるという自信なのか、それとも、ここまで攻め込まれたら戦は負けだという割り切りなのかは分からなかった。
そのすぐ目と鼻の先にある、驚くほど広くて清潔な『専用厨房』へと荷物を運び込み、翌日以降にすぐ使えるように、調理器具やハーブ、そしてチョコチップの樽の配置を済ませてから、厳重に施錠する。治安に不安はないとは思うけれど、念には念を押すべきだろう。なにせ、下手な宝石詰め合わせに匹敵する高価なチョコレートチップが、この中には眠っている。
その後、これまた豪奢かつ上品なホテルの前まで案内された。
「さて、私の本日の業務はここまでです。明日は責任を持って、この王都の街をご案内いたしましょう」
ヘイスティさんは一礼すると、三本の豪奢な鍵をマルタさんへと手渡した。どうやら、ここでも一人一室ずつ個室を使わせてもらえるらしい。
「若旦那が、最高級の部屋を用意してあります。今晩はそこで、旅の疲れをゆっくりと癒してください」
モヒカン美容師による自分磨き、個室付きの魔導列車に、駅弁の贅沢。そして王都の雷電インフラの衝撃からの、今度は最高級ホテルの宿泊。
ただのどんくさい行き倒れエルフだった私のパン屋ライフは、王都の煌々とした光に照らされながら、いよいよ明後日、開国記念祭本番という人生最大のターニングポイントを迎えるのだった。




