第14話:ハイ・エルフ、弾丸魔導列車で駅弁に舌鼓を打つ
そして開国記念祭の五日前。私たちは王都への遠征準備に追われていた。
現地での主力となる小麦は、すでにマルタさんが王都の業者から直接買い付けている。そちらは会場近くに用意されたあのレンタル厨房へ、既にすべて搬入されているとの速達が今朝届いていた。
となれば、こちらサイディーンの店舗から持って行くのはハーブ各種と調理器具、各自の数日分の着替え、そして――マルタさんが通商ギルドの商人たちと火花を散らして必死に買い集めてきた、命より重いチョコチップの樽だ。
「マルタさん、このチョコチップ、樽に入れっぱなしで王都まで運んで大丈夫ですかね? 途中でドロドロに溶けたり、衝撃で蓋が外れてぶちまけたりしたら、ドリーの給料が本当に消し飛びますよ」
「なんで俺の給料から出ていくことになってるんだよ」
「心配性だねぇユウ。樽の上蓋に【冷却術式】を組み込んだ魔導石を仕込んでるから大丈夫さ。それにこの蓋は、私が持っている専用の【暗号鍵】がないと開かない仕組みになってるからね。どれだけ荷馬車で転がそうが、ぶちまける心配もないよ。ハイテクだろ?」
(……ううむ。他の国のことは知らないけれど、それって軍事機密レベルの技術じゃないだろうか)
私は黒光りする頑丈な魔導樽を見つめながら、心の中で戦慄を覚えていた。
普通の国なら間諜達が命がけで奪い合うような高度な防壁術式や魔導冷却のシステムが、この国マルセークでは『高級なチョコチップを新鮮なまま運ぶため』だけに、下町のパン屋の台所でごく当たり前に使われている。下町の商人が扱っていいものなんだろうか。マルセークの経済と技術、やっぱりどこか決定的に狂っている。
「あはは! 狂ってるくらいが商売にはちょうどいいのさ! さあドリー、その樽を荷馬車に積んじまいな!」
「おう, 任せとけ。……ふんぬっ!」
ドリーが丸太のような腕を鳴らし、私が全体重をかけてもビクともしないであろう超重量の魔導樽を、生卵でも扱うかのように軽々と持ち上げて荷台へと積み込んでいく。見た目だけは一流のパン職人(※ただし中身はどんくさい)になった私も、自分のハーブ袋を大切に抱えてその後に続いた。
*
ガタゴトと馬車に揺られ、私たちの荷馬車は『サイディーン中央駅』へと到着した。便利なことに、駅のホームへと荷馬車ごと乗り入れられる構造になっている。
駅のホームに降り立つと、そこには以前、私が図書館へ行く途中の踏切で見て腰を抜かした、あの巨大な鉄の怪物――『魔導列車』が、静かな地鳴りのような音を立てて佇んでいた。
「おお、いつ見てもすげえな……」
ドリーすら見上げるその巨体の周りでは、彼よりさらに一回りデカい、筋骨隆々のオーガの作業員たちが大勢働いていた。彼らは私たちの荷馬車から魔導樽や調理器具をひょいひょいと手際よく持ち上げると、魔導列車の貨物車へと次々に運び込んでいく。
切符を確認すると、魔導列車の出発まではまだ四十分ほどの時間があった。
「マルタさん、ちょっと先頭車見てきていいですか?」
「あいよ。十分前にはここに戻るんだよ。っと、その前に」
「はい?」
「列車の中で食べる弁当、何がいい?もちろん、あんたの給料から天引きするから、遠慮しなくていいよ」
さすがマルタさん、しぶちんだ。
「顔に出てんよ!」
「い、いえ、しっかり者の経営者の下で働けるのは幸せだな~♪」
思わず目が泳ぐ。その先に、マルタさんが差し出した駅弁屋のチラシがあった。
「そ、そしたらこれをお願いします」
私はチラシの一点を指さした。ドリーが一瞬しかめっ面をしたが、知ったことではない。
「それじゃ、時間に遅れないようにね」
とのマルタさんの言葉を背に、私は駅のホームを歩いて一番前の先頭車両まで足を伸ばしてみた。
*
近くに寄るだけで、じわりとした熱気と共に、先頭車の中から『炎の精霊』が大人しく休んでいる独特の気配が伝わってくる。おそらく、走り出す時は炎の精が活発に働いて動力源になるのだろう。詳しい仕組み自体は、魔法音痴で機械音痴の私にはさっぱり見当がつかないけれど。
「機関車に興味があるのかい、尖り耳のお嬢ちゃん」
じっと車体を見つめていた私に、軍服に似たカッチリとした制服を着込んだドワーフの男性が、にこやかに話しかけてきた。どうやら彼がこの『きかんしゃ』とやらの制御をする制御士さんらしい。
「こいつはな、炎の精霊術式が書き込まれた魔導カートリッジを使って湯を沸かして、その蒸気圧でピストンを動かして車輪を回すんだ。ただの湯気とか馬鹿にするなよ? もしその蒸気が当たれば、人間だろうと亜人だろうと一瞬で消し飛ぶほどの威力があるんだぜ」
「……制御された水蒸気爆発……みたいなものですか?」
「おう、理解が早いな!」
そう言って、ドワーフの制御士さんは豪快に笑った。
なるほど、精霊の力で水を高温高圧で沸騰させることによって、直接物理的な圧力に変換して鉄の巨体を動かしているのか。ううむ、マルセークの魔導文明、やはり恐るべしである……。
私は何度も感心しながら、約束の十分前には客車の前へと戻ったのだった。
*
自動で開くドアの奥へ足を一歩踏み入れると、通路の床面には、見たこともないほどふかふかの、美しい刺繍が施された絨毯が敷き詰められていた。
「……あの、マルタさん。これ、靴脱いだ方がいいんですかね?」
プロの看板娘(仮)としての美髪をなびかせながら、恐る恐る爪先立ちになりながら尋ねる私に、マルタさんはおかしそうに鼻を鳴らした。
「あはは、そのまんま乗りな。この魔導列車が出来立ての頃は、あんたみたいに勘違いして、いくつもの靴が駅のホームに置きっぱなしになってたって言うけどね」
どうやら外の世界の人たちも、最初は私と同じようにこの文明の利器に気後れしていたらしい。
少しだけ安心しつつ、私たちは指定された座席へと向かったが、その目的地に辿り着いた瞬間、さしものマルタさんも足を止め、その目を大きく見開いた。
「嘘だろ……。これ、特等客車の最上級個室じゃないかい……」
切符に指定されていたのは、完全にプライベートな高級個室。それも、マルタさんとドリー、そして新入りの私の分まで、それぞれ一つずつ、三つの個室が綺麗に並んで用意されていたのだ。
「おいおい……国王陛下……いや、あの反物問屋の若旦那、一体どれだけのコネを持ってるんだよ」
ドリーが突き出た牙をごつごつと鳴らして戦慄している。
金貨四枚を無造作に放り投げ、王宮広場の一等地に特設テントを用意し、魔導列車の一等個室を三名分、当然のように手配する反物問屋(棒読み)。
「やっぱり、ただの反物問屋なんかじゃないじゃないです……」
私は自分の個室に入ると、ふかふかのソファーに吸い込まれるようにうすほそな身体を預けた。
まもなく、プォォォォンッ! という甲高い魔導笛の音が響き渡り、巨大な鉄の怪物が滑らかに動き出し始めた。
*
魔導列車は、なかなかのパワーとスピードで走っていく。
車窓の向こう、住み慣れたサイディーンの街の光景がみるみるうちに遠ざかり、深い森を抜け、見渡す限りの広大な穀倉地帯を駆け抜けていく。
(……凄い。馬車なんかとは、比べ物にならない速さです……。まぁ、私、馬車なんてこれまでの人生で、一度も乗ったことないんですけども)
乗る前にマルタさんから荷馬車で聞いた話によると、ここサイディーンから王都アルグスヴルクまでは、普通の馬車を使うと約四日。途中で馬と騎手を交代させながら限界で爆走する、公認の最高速『伝書便』であっても十五時間。あの空飛ぶハーピーの特急速達便ですら、途中で休憩を挟むため、最低でも五時間はかかるらしい。
その果てしない距離を、鉄の怪物はハーピーと全く同じ、わずか五時間で走り抜けてしまうというから凄まじい。
……うん、歴史書を読んだ時も思ったけれど、この国を創った初代国王ランディ・マキシマムは、絶対に異世界からの転生者か何かに違いない。エルフの四百年の常識から見ても、この技術の進化速度は絶対に何かおかしな知恵が働いている。
そんな小難しい歴史の謎に思いを馳せていたら――。
――グゥゥゥゥゥゥ。
私のうすほそなお腹が、車内で虚しい音を立てて鳴り響いた。
そういえば、朝からバタバタしていて何も食べていなかったのを思い出す。私の個室を覗き込んでいたドリーに顔を赤くして苦笑いを返すと、駅のホームで買っておいてもらった『アレ』を引っ張り出した。
「お、食べるのかい?ユウ」
同じく私の個室を覗き込んでいたマルタさんに答える。
「はい! 個室にミークロヴェレが備え付けてあって本当に助かりました!」
パタンと扉を閉め、自動でアツアツになったそれを取り出す。
オークのくせに極度のベジタリアンであるドリーは、中から漂ってきた濃厚な肉の匂いに「ハイ・エルフの癖に肉とか……ありえねぇ……」と本気で引いていたけれど、知ったことではない。
私が奮発して銅貨四枚(上質な白パン二斤分)で買い求めたのは、旅の最大の贅沢――『特上・牛焼肉弁当』である。
「うぅ……美味しそう……! いただきます!」
木製のスプーンで白米と一緒に、タレの染みたお肉を口に運ぶ。
……美味いっ!! 甘辛い秘伝のタレと、ツヤツヤの白米の組み合わせがたまらない。さらに、絶妙な茹で加減の半熟の味玉が、お肉の濃厚さと絡み合って最高にいい仕事をしている。箸休めに申し訳程度に乗っているポテトサラダと、下に敷かれた謎のパスタ。どれもこれも、冷えたまま食べるのとはわけが違う、魔導の箱によるアツアツの恩恵を受けて最高の状態に仕上がっている。
「……ぷはぁ。これが、鉄道の旅の醍醐味という奴ですか……!」
私は至福の表情で身悶えしながら、客室にやはり標準装備として備え付けられていたハーブティーのポットから、マイ木製カップに温かいお茶を淹れた。
アツアツの牛焼肉弁当に、食後の極上ハーブティー。
窓の外を物凄いスピードで、見たこともない外の世界の美しい景色が流れていく。私はこれまでの四百年の引きこもり生活を完全に忘れ、ただただこの文明の利器がもたらす至福の旅情に、深く、深く浸り続けるのだった。




