第13話:ハイ・エルフ、世紀末のカリスマに髪を委ねる
「ヒャッハー! こいつは上物のエルフだぜ!」
鏡の前でハサミをシャキシャキと鳴らしながら、モヒカン肩パッドの兄ちゃんがテンション高く叫んだ。
頼むからその不穏すぎる口調と物騒な笑みはどうにかしてほしい。今にも火炎放射器のタンクを背負って汚物を消毒しに行きそうな勢いである。
私は完全にまな板の上の鯉――いや、椅子の上の引きこもりエルフ状態で、ガタガタと震えながら鏡の中の自分を見つめることしかできなかった。
しかし、いざ施術が始まると、私のその恐怖は別の衝撃へと塗り替えられることになった。
「オラオラァ! 毛先のダメージを一網打尽にしてやるぜぇ!」
口調こそ世紀末のそれだが、ハサミを握るその指先の動きは、恐ろしいほどに滑らかで、繊細だった。
私の荒れ果てた金髪から、傷んでいる枝毛だけをミリ単位で的確に、かつ超高速で処理していく。
さらに、魔導石を仕込んだ特製のヘアアイロン(これもこの国の歪んだ魔導技術の賜物だろう)を鮮やかに操り、長年の森での引きこもり生活と行き倒れでついた頑固な髪の癖を、するすると解きほぐしていった。
「仕上げだァ! 故郷の特製ハーブオイルを喰らいやがれっ!」
兄ちゃんがトゲ付きの肩パッドを激しく揺らしながら、フルーティーな良い香りのするオイルを私の髪に揉み込んでいく。
――そうして、一時間が経つ頃。
「……え」
鏡の中に映っていた自分の姿に、私は思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、さっきまでボサボサの頭で怯えていたどんくさいエルフではなかった。
一本一本の髪がランプの光を浴びて絹のように艶やかにきらめき、まるで生き物のように美しく流れる、完璧なストレートヘア。
その圧倒的な気品と輝きは、それこそ異世界の物語に登場する伝説のハイ・エルフ、ディー〇リッ〇もかくやと思うほどの、目も眩むような至高のブロンドヘアへと仕上がっていたのだ。
「ヒャッハー! 見ろよお嬢ちゃん、最高の出来だろぅ! これなら王都の生意気な貴族どもだって、一発でひれ伏すに違いねえぜ!」
モヒカン兄ちゃんは満足げに腰の肩パッドに手を当て、ガハハと豪快に笑った。
「……す、凄いです……。本当に、私ですか、これ……」
手先は不器用で、見た目も『うすほそ』と罵られて娼館を門前払いされた私だったけれど、この髪の美しさだけは、今なら胸を張って「ハイ・エルフです」と言い切れる。
「ありがとうございました、モヒカンさん。……その、格好と口調さえ普通なら、本当に最高の美容師さんだと思います」
「おっと、そいつは部族の誇りにかけて譲れねえな!」
私は世紀末のカリスマ美容師に代金を支払い、何度も鏡で自分の髪を確認してから、弾むような足取りで美容院を後にした。
*
そうして、ツヤツヤになった自慢の髪をなびかせながら店に戻ると、厨房にいたマルタさんとドリーが揃って目を見張った。
「へえ……見違えたね。カエルみたいにひっくり返ってたようには見えないよ」
「裏通りで雑草かじってたみたいなのが、えらい変わりようだ」
(――……これは、一応褒められているのだろうか?)
二人のあまりにも生々しい行き倒れ時代の引き合いに、私は引きつった苦笑いを浮かべるしかない。けれど、マルタさんはすぐに優しく目を細めると、調理台の奥からひとつの包みを取り出した。
「よし、記念祭での売り子はあんたに任すよ。そうと決まれば、これを着てみな」
手渡されたのは、まだ糊のきいた、真っ白で新品の純白の厨房服だった。
私が袖を通すと、マルタさんが後ろに回り、仕上げとばかりに腰のエプロンをきゅっと丁寧に締めてくれた。
「見た目だけは一流のパン職人だね。まあ、あんたに窯を任す度胸は、まだないけどな!」
「うっ……それは返す言葉もありません。でも、売り子とハーブの目利きなら死に物狂いでやります!」
真っ白な制服に、伝説の戦姫(自称)のような美しいブロンドヘア。
姿形は完璧だ。あとはこの姿で、『ひだまりパン亭』の極上チョコパンを首都で盛大に売りさばくだけである。
待っていろ、王都アルグスヴルク!
どんくさい引きこもりエルフの、本気の逆襲がいよいよ始まるのだ。




