第12話:ハイ・エルフ、首都からの封書を受け取る
あのお忍び国王陛下……じゃなかった、反物問屋の若旦那(棒読み)が嵐のように去っていってから、我が『ひだまりパン亭』は開国記念祭に向けた怒涛の準備期間へと突入した。
チョップ一発からまさかの王室御用達への道が爆誕したのだ。マルタさんの商売人としての魂に、これまでにないほど凄まじい炎が燃え上がったのは言うまでもない。
マルタさんは連日、南の通商ギルド連合国からやってくる一癖も二癖もある商人たちを相手に、カカオブレッドの命であるチョコチップを大量確保するため、市場の商館で火花が散るような苛烈極まりない価格交渉を繰り返している。
「いいかいユウ、ドリー! 国一番の開国記念祭でお披露目するんだ、お昼過ぎに早々に売り切れて店仕舞いなんてのは『ひだまりパン亭』の名折れだよ! 半ばギャンブルになるけどね、夕方までは絶え間なく売り続けるだけの在庫は絶対に確保しておくのさ!」
さすがは肝っ玉店主、やるとなったらとことん大勝負に出る性質らしい。
もし大量に売れ残ったら大赤字で、今度こそ私たちが泥をすする生活に逆戻りだが……まぁ、その時はあの腰の軽い若旦那のところに「塊のまま買い取ってください!」と泣きつきに行けばいい。金貨を無造作に投げてよこすような最高級の太客が後ろ盾にいるのだ、そう思うとどんくさい私でも不思議と度胸が据わってくる。
そんな折、厨房の片付けをしていた私の長い耳が、上空から近づいてくる激しい羽ばたきを捉えた。
「特急郵便よ~~!」
カランカランとドアベルが鳴ると同時に、バサリと爽やかな風と歌うような声が店内に吹き込む。
入ってきたのは、人間の腕の代わりに美しい翼を持つ、空飛ぶ配達員『ハーピィ』の郵便屋さんだった。彼女は器用に翼の先で一通の封書をカウンターへ差し出すと、私にニパッと健康的な八重歯を見せて笑った。
「毎度どうも! 首都からの速達だよ、エルフのお姉ちゃん、受領印をおくれ!」
「あ、はい! 少々お待ちください!」
私はもうすっかり慣れた手つきで、事務用の印章をポンと押し、彼女を見送った。
手元に残されたのは、上質な厚手の紙でしつらえられた一通の封書だ。
宛先は、『ひだまりパン亭 マルタ様』。
そして気になる送り主の欄には、金色のインクで眩い紋章と共に、こう印字されていた。
――『開国記念祭 実行委員会』。
「マルタさん、ドリー! 来ました、首都の実行委員会からの手紙です!」
私の呼び声に、厨房から粉まみれのドリーと、商談用の帳簿を抱えたマルタさんが血相を変えて飛び出してきた。
さっそく3人で息を呑みながら封書を開けてみると、中には丁寧な招待状と案内資料、そして私たち『ひだまりパン亭』の出店スペースが指示された詳細な地図が同封されていた。
「……これ、凄い立地じゃないかい?」
マルタさんが地図の一点を指さして声を震わせる。
指定された場所は、王宮がすぐ目の前にあって、お財布の軽い大衆ではなく、お財布のめちゃくちゃ重い貴族たちの行き交う人通りが確実に激しく見込めそうな最上級のエリートエリアだった。
おまけに驚いたことに、出店ブースから人力の荷車でわずか五分ほどの距離の場所に、国が手配した『専用の厨房』まで位置している。これなら、お祭りの最中であっても、常にドリーがこねてマルタさんが焼いた、焼き立てのアツアツパンを売り場へ供給し続けることができる。まさに至れり尽くせりの好立地だ。
「これなら言うことないね。貴族様方が地方都市のパン屋だって偏見で見なけりゃ、後はこっちのもんさね」
フンスと鼻を鳴らして勝機を確信するマルタさん。しかし、そう言うと、彼女はジロリと私――正確には、私の頭の上へと視線を移し、じっと見つめてきた。
「うーん、前から思ってたけど、ユウの髪はちょっといただけないね。伸びすぎだし、枝毛も多いよ。せっかく首都の貴族様相手に最高級のチョコパンを売るんだ、看板娘がそんなボサボサじゃ店の格に関わるよ。この際だから綺麗にしておいで!」
「えっ、私の髪ですか!?」
行き倒れていた頃のなごりで、確かに私の金髪は少々荒れ放題だった。マルタさんから有無を言わさずカット代を握らされ、私はサイディーンの街にある美容院へと送り出されたのだった。
*
看板を頼りに、街の片隅にある美容院へと辿り着いた。
ハイ・エルフに相応しい綺麗な髪になるといいな、なんてささやかな期待を胸に、私は木製のドアをそっと開けた。
――カラン。
店内に一歩足を踏み入れた瞬間、私の視界に飛び込んできたのは、およそ美容院の空間に存在してはならない不審者の姿だった。
「……へ?」
鏡の前に立っていたのは、世紀末の荒野から迷い込んできたかのような、トゲ付きの凶悪な肩パッドを装備し、頭頂部を真っ赤なモヒカン刈りにした厳つい兄ちゃんだった。その手にはハサミが握られている。
……。
私は無言で、回れ右をした。そして、開けたばかりのドアを静かに閉めようとした。
「待って! そっ閉じしないで! お客さん戻ってきて!!」
猛烈な勢いでモヒカン肩パッドの兄ちゃんがすっ飛んできて、ドアをガシッと掴んで引き止められた。嘘でしょ、この世紀末がこの店のスタイリストなの。
「お、お店、間違えました……! 私は髪を切りに来たのであって、命や財を奪われに来たわけでは……!」
「間違ってないから! 俺、これでもこの街一番のカリスマ美容師だから! 頼むからそんな怯えた目で長い耳を伏せないでくれ!」
「いや、どう見てもこれから荒野でヒャッハーとか暴れ回りそうな格好じゃないですか! なんですかそのトゲ付きの肩パッドは!」
「あ、これ? これね、俺の故郷の部族の伝統衣装なんだよ!」
兄ちゃんはモヒカンを揺らしながら、必死な顔で胸を張った。
(――捨ててしまえそんな伝統)
心の中で冷酷極まりないツッコミを入れつつ、私はその場に完全に直立不動でフリーズしてしまう。
王室御用達を目指すための自分磨きのはずが、私は首都へ行く前に、サイディーンの路地裏で別の意味での大ピンチを迎えてしまったらしい。果たして私の400年物の金髪は、この世紀末モヒカンの手によって無事に救われるのだろうか――。




