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ハイ・エルフですが400年生きて見つけた天職はパン屋でした 〜どんくさエルフ、最高の小麦の声を聴く〜  作者: 各務原 夕


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10/22

第10話:ハイ・エルフ、トラウマワードに手刀を放つ

 それからの数日間、私たちは高級なチョコチップパンを丸ごと一個で売るのを諦め、細かくスライスしたバラ売りパンとして店頭に出すことで、なんとか当座の損失をしのぐことにした。

 通商ギルド連合国から仕入れた一級品のカカオだ。今ある在庫をそのまま開国記念祭の当日までもたせることは、鮮度的にも風味的にも絶対に出来ない。大衆相手の売れ行きこそ伸び悩んではいたけど、食べてくれた人たちの評価は驚くほど高いのだ。

「サイディーンの庶民の財布じゃ厳しくても、金持ちと貴族が腐るほどいる首都アルグスヴルクでなら、この塊のままで大々的に売り出せるかもしれない」

 マルタさんの瞳の奥の野望は、まだ一ミリも消えてはいなかった。お祭りの本番でドカンと一発当ててやる。その執念と私のハーブの目利きを信じて、私たちはじっと爪を研いでいた。


     *


 そんな、ある日の午後のことだった。

 カランカラン、とドアベルが鳴り、一人の男性が店に足を踏み入れてきた。

 仕立ての良い豪奢な外套を羽織り、胸元にはキラリと光る銀のブローチ。やたらと身なりのいい、あからさまに上流階級のオーラを隠しきれていないお客さんだった。

「ふむ、ここがハーブパンで噂になっている『ひだまりパン亭』か。うむ、結構な店構えだ」

 男は手にした高級そうな杖でトントンと床を叩きながら、物珍しそうに店内を見回した。

 首都にでもいそうな大金持ちの登場に、私がカウンターの裏で少し緊張しながら長い耳を震わせた、その時である。

 男の視線が、私に留まった。

 男はパッと顔を輝かせ、信じられないものを見たという風に私を指さした。

「おお、これは見事なうすほそエルフ!」

「誰がうすほそエルフか!!」

 バシィィィンッ!!!

 考えるより先に、私の右手が閃いていた。

 かつて、どんくさい私が進退窮まり、最後の手段として自分の身体を売ろうと娼館の門を叩いた際、「うすほそなお前の身体じゃダメだ」と冷酷に門前払いされた、あの屈辱のトラウマワード。それを初対面の男からド正面でぶつけられたのだ。

 女としての最低限の尊厳にかけて、私はカウンターを乗り越えるほどの勢いで、男の脳天へと渾身の手刀を綺麗に叩き込んでいた。

「ぶふぉっ!?」

 会心の一撃を食らった身なりのいい男は、高級そうな帽子をズレさせながら、その場によろめく。

 と、その時だった。私たちのやり取りを後ろで見ていたマルタさんが、ガシャーン! と、珍しく手のお盆を床に落とした。その顔は幽霊のように真っ白になっている。

「ラ、ライル……陛下……!?」

「んー? ライル? 知らんなぁ。俺は通りすがりの反物問屋(アパレル業者)だ」

 男は赤くなった頭をさすりながら、わざとらしく視線を泳がせて言った。

(――嘘だ。ぜってー嘘だ!!!)

 私は心の中で全力のツッコミを炸裂させていた。

 いくら私でも分かる。光の当たり方で淡く輝くその上着の生地、あれはエルフの森でも国宝級に扱われる、白銀(ミスリル)の糸で縫製された服だ。軽い攻撃魔法なら自動(オート)で弾いてしまう(カウンターしてしまう)ような服を普段着にしているような奴が、しがない商人なんかであってたまるか。

 ……って、それよりも。

「へ、陛下ぁぁぁぁぁっ!?」

 私の長い耳が、恐怖で真横にピンと突っ張った。

 ライルって、確か数日前に私が図書館の歴史書で読んだ、この国マルセークの現国王、ライル・マキシマム陛下のことではなかろうか。

 王室御用達を目指すと言ったその矢先に、私はこの国のトップの脳天に、渾身のチョップをぶち込んでしまったらしい。

 終わった。私のパン屋ライフ、10話にして完全にお縄である――。

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