第46章 ⑧
翌日、五百円玉を八枚持って、町へ出た。
全部は持っていかない。
缶ごと持ち歩く必要もない。
使う分だけ。
小さな袋に入れて、鞄の奥へしまった。
「僕も行く」
ニコがついてきた。
「暇なの?」
「今は」
そうだった。
学校は卒業した。
仕事はまだ決まっていない。
今は暇だ。
サラは畑。
ルークは仕事。
二人とも朝からいない。
イナは家に置いてきた。
町へ入る。
昔と変わったところもある。
変わっていないところもある。
店が増えた。
道も少し広くなった。
知らない顔も増えた。
鍛冶屋は、まだ同じ場所にある。
扉を開ける。
金属を叩く音がした。
「こんにちは」
奥から顔が出る。
昔からいる職人ではない。
息子。
もう息子と言う歳でもないけど。
私から見れば息子だ。
「お、みーさん」
「お願いがあるんだけど」
「何です?」
袋から五百円玉を一枚出した。
職人が見る。
「また珍しいの持ってきましたね」
「前にも頼んだでしょ」
「あれ、随分前ですよ」
「そうだっけ?」
「俺、まだ親父の横で仕事覚えてましたから」
そんな前か。
百円玉のお守り。
子供達に作った時だ。
「今度はこれで作りたいの」
五百円玉を渡す。
職人が指で摘まむ。
表。
裏。
縁。
ひっくり返して、また見る。
「穴は開けないんですよね」
「開けない」
「削るのも?」
「駄目」
「分かってます」
前にも言ったらしい。
覚えていた。
「周りを囲って、落ちないようにしてほしいの」
「前と同じような?」
「前より、ちょっといいやつ」
職人が私を見る。
「予算は?」
「普通」
「一番困る答えですね」
隣でニコが笑った。
仕方ない。
昔は安く。
出来るだけ安く。
そればかりだった。
今は違う。
でも、高ければいいわけでもない。
「丈夫で、錆びにくくて、長く使えるもの」
「装飾は?」
「少し」
「どのくらい?」
難しい。
私は五百円玉を見る。
「お金がちゃんと見えるくらい」
「なるほど」
職人が紙を出した。
簡単な線を引く。
丸。
その周りに細い枠。
上に紐を通すところ。
「こんな感じなら」
「いいね」
「ここを爪で押さえます。裏からも外れないようにします」
「丈夫?」
「普通に使うなら」
「出来るだけ丈夫に」
「はいはい」
職人が線を少し増やした。
「八つですか?」
「八つ」
「全部同じで?」
「うん」
そこまで答えて思い出した。
「待って」
「はい?」
「裏に文字を入れられる?」
「文字?」
「私の国の文字」
ニコがこっちを見た。
職人から紙と筆記具を借りる。
何にしよう。
八人。
同じ枠。
でも、一人ずつ違うもの。
最初に書いた。
信。
「これが文字?」
ニコが覗き込む。
「そう」
「何て読むの?」
「しん」
「どういう意味?」
「信じるとか。信用とか」
カイル。
商人だから。
信用は大事。
それだけではないけど。
あの子なら、これでいい。
次。
和。
カイルの奥さん。
家族になった人。
これからも穏やかに。
仲良く。
その次。
優。
ミラ。
優しく。
でも、自分のことも大事に。
誠。
ミラの旦那さん。
真面目な職人。
これからも、そのままで。
義。
ルーク。
これは迷わなかった。
守るものを守る。
あの子は昔からそうだった。
次。
愛。
「これは?」
ニコが聞く。
「サラ」
「意味は?」
「愛情」
「そのまま?」
「そのまま」
サラはこれでいい。
愛情が多い。
多分、少し多すぎる。
本人には言わない。
次。
紙の上で手を止める。
ニコ。
頭がいい。
賢。
一度そう書こうとしてやめた。
もう賢いのは知っている。
大事なのは、その頭を何に使うか。
どう使うか。
昨日、話したばかりだ。
持っているなら使えばいい。
でも使い方を間違えたら、頭がいい分だけ厄介な気もする。
書く。
道。
ニコが覗き込んだ。
「これは?」
「みち」
「道?」
「そう」
「どうして僕が道なの?」
「頭いいから」
「それなら、賢じゃないの?」
やっぱり分かるらしい。
「最初はそうしようと思った」
「やめたの?」
「うん」
「どうして?」
紙の上の道を見る。
「賢いのは、もう知ってるから」
「じゃあ、道は?」
「その賢さを、なるべく正しい道に使いなさいってこと」
ニコが黙った。
「なるべく?」
「何が正しいかなんて、いつも分かるとは限らないでしょ」
昨日だって戦わない方がいいと言った。
でも、戦わないと守れない時もある。
何でも同じだと思う。
その時にならないと分からないこともある。
「だから、なるべく」
ニコは道の文字を見る。
「昨日の話?」
「それもある」
「持ってるものを使えって?」
「そう」
「戦わないで勝つのも?」
「それも」
「難しいね」
「頭いいんだから考えて」
「またそれ?」
「使わないと勿体ないでしょ」
ニコが少し笑った。
それから、もう一度、道を見る。
「これでいい」
「そう?」
「うん」
「じゃあ決まり」
最後。
私。
少し迷った。
自分に何を書くかなんて考えたことがない。
何だろう。
昨日の話を思い出す。
持つものは、持たざるものを助く。
自分の分をちゃんと持って。
余った分で、少し助ける。
仁。
書いた。
ニコが見る。
「これは?」
「じん」
「どういう意味?」
困った。説明する方が難しい。
「人を大事にするとか」
「おばさん?」
「一応」
「一応なんだ」
「自分で自分に書くんだから仕方ないでしょ」
ニコが笑った。
職人は紙に並んだ文字を見ている。
信。
和。
優。
誠。
義。
愛。
道。
仁。
「全部、違う意味なんですね」
「うん」
「同じ形の枠に、一つずつ?」
「お願い」
「この通りに彫ればいいですか?」
「そう」
私の字は上手くはないが読めればいい。
「出来上がりまで十日くらいください」
「分かった」
五百円玉を八枚渡す。
職人が一枚ずつ確認して、預かった。
店を出る。
ニコが隣を歩く。
少し歩いてから。
「おばさん」
「何?」
「道って、仕事のことも入ってる?」
「入ってるんじゃない?」
「やっぱり?」
「別に急がなくていいよ」
十八歳。
学校を卒業したばかり。
仕事も決まっていない。
行く先も決まっていない。
それでいい。
賢さも時間もある。
なるべく間違えないように考えて。
自分で決めればいい。
「まあ、ゆっくり考えな」
「うん」
ニコが頷いた。
道はこれから決めればいい。




