第46章 ⑦
ニコは、まだ考えていた。
多分さっきの話。
持つものは、持たざるものを助く。
私の教え。
大したものではない。
私がそう思っているだけだ。
「おばさん」
「何?」
「もう一つ聞いていい?」
「難しくないやつなら」
「分からない」
嫌な予感がする。
ニコが少し考えた。
「おばさんの国には、王様はいないんだよね」
「いないよ」
「貴族も」
「いない」
「じゃあ、戦う時は?」
やっぱり難しいやつだった。
「戦うって?」
「戦争」
私は五百円玉を置いた。
「それは私に聞かれても分からないよ」
「政治に詳しくないから?」
「そう」
先に言っておいて良かった。
ニコが少し笑った。
「でも、戦い方については?」
「もっと分からない」
戦ったことなんてない。
喧嘩ならある。
子供の頃。
あれは戦い方には入らないだろう。
「何も知らない?」
「何もってことはないけど」
昔から聞く言葉くらいなら知っている。
誰が言ったのか。
いつの人なのか。
そういうのは知らない。
「戦うなら、まず相手を知れっていうのは聞いたことある」
「相手を?」
「あと、自分も」
ニコが少し首を傾げる。
「自分のことは分かるんじゃない?」
「分かってるつもりなだけかもしれないでしょ」
自分達が何人いるのか。
何が出来るのか。
何が足りないのか。
相手は何人いるのか。
何が得意なのか。
何を持っているのか。
「何も知らないで突っ込むのが、一番駄目なんじゃない?」
「愚策だね」
「そう。それ」
ニコの方が言葉を知っている。
「じゃあ、相手を調べて、自分達のことも分かってから戦う」
「うん」
「それなら良策?」
「まだじゃない?」
ニコが止まった。
「まだ?」
「負けそうなら戦わなきゃいいじゃない」
「逃げるの?」
「逃げられるなら」
ニコが考える。
「でも、それだと負けるよ」
「その時はね」
「その時?」
「ずっと負けるとは限らないでしょ」
逃げる。
立て直す。
足りないものを集める。
味方を増やす。
もう一度考える。
「負けるって分かってるのに、意地で戦い続ける方が駄目だと思うけど」
「それも愚策?」
「多分」
「多分なんだ」
「私は戦ったことないからね」
ニコが笑った。
「じゃあ、勝てるようになったら戦う?」
「その前に、戦わなくてもいい方法を考える」
またニコが止まった。
「戦わない?」
「うん」
「勝てるのに?」
「勝てるなら、余計に」
「何で?」
何でと言われても。
「戦ったら人が死ぬでしょ」
「うん」
「怪我もする」
「するね」
「家も壊れるかもしれない。畑も駄目になる。お金もかかる。食べ物もいる」
ニコが黙った。
「勝っても、色々なくなるじゃない」
「……そうだね」
「だったら、戦わないで欲しいものが手に入るなら、その方がいいでしょ」
「そんなこと出来る?」
「出来る時もあるんじゃない?」
相手が何を欲しがっているのか。
自分が何を守りたいのか。
そこが分かれば。
譲れるものもある。
譲れないものもある。
「話し合うとか」
「うん」
「交換するとか」
「うん」
「味方を増やすとか」
「それは戦う準備じゃない?」
「準備しておいて、戦わなければいいじゃない」
ニコが黙った。
「相手が戦いたくなくなるようにするとか」
「どうやって?」
「知らない」
「そこは知らないんだ」
「昔の人に聞いて」
「誰?」
「知らない」
ニコが笑った。
「名前も?」
「知らない」
「本は?」
「読んでない」
「じゃあ、何で知ってるの?」
「有名だから」
変な顔をされた。
仕方ない。
知っているものは知っている。
「おばさんの国では、有名なの?」
「考え方はね」
「戦わないで勝つのが、一番いい?」
「そういう話だったと思う」
「でも」
ニコが言った。
「どうしても戦わないと守れない時は?」
「戦えばいいんじゃない?」
ニコが目を瞬いた。
「いいの?」
「他にないならね」
逃げられない。
話も通じない。
守らなければならないものがある。
そんな時まで、戦うなとは思わない。
「ただ」
「うん」
「戦うしかないって決める前に、本当に他にないか考えた方がいいんじゃない?」
ニコは何も言わなかった。
しばらくして、テーブルの五百円玉を見る。
「相手を知る」
「うん」
「自分を知る」
「うん」
「勝てないなら退く」
「うん」
「勝てるようにする」
「そうだね」
「それでも、戦わなくて済むなら戦わない」
「うん」
ニコが指を折って数えた。
「最後が一番いい?」
「私はね」
「昔の人も?」
「多分」
「また多分」
「名前も知らない人の考えなんだから仕方ないでしょ」
ニコが笑う。
それから、少しだけ考えた。
「覚えておく」
「そう?」
「使えるかもしれないから」
「何に?」
「まだ分からない」
そう言って。
ニコは五百円玉を一枚取った。
自分の分。
表を見る。
裏を見る。
「でも、おばさん」
「何?」
「僕、今は何の力も持ってないよ」
「持ってるでしょ」
「何を?」
「頭」
ニコが黙った。
「首席だったんでしょ」
「そうだけど」
「じゃあ、それ使えば?」
「何に?」
「それを考えるのも頭でしょ」
また黙った。
今日は本当によく黙る。
十八歳。
学校を卒業したばかり。
仕事はまだない。
何をするのかも決まっていない。
でも急いで決めなくてもいい。
考える頭も時間もある。
「まあ」
五百円玉をニコの手から取る。
「今はお守り作るけどね」
「僕の頭の話は?」
「そのうち」
「そのうち?」
「まず枠を頼まないと」
ニコが五百円玉を見る。
「話、戻ったね」
「戻った」
こっちの方が簡単だ。




