第45章 ⑥
テーブルクロスを編んでいた。
少し進んだ。
花が二つ。
葉っぱも増えた。
まだまだ終わらない。
急いでいない。
暇だから。
向かいにサラが座っている。
さっきから見ている。
私の手元を。
じっと。
「何?」
「私もやりたい」
「レース?」
「うん」
珍しい。
「やる?」
「やる」
針を渡す。
糸も出す。
まず鎖。
糸を掛ける。
引く。
「こう?」
「そう」
もう一つ。
「こう?」
「そう」
サラが黙って編む。
一つ。
二つ。
三つ。
少し曲がる。
「曲がった」
「最初はそんなものだよ」
「おばさんの曲がってない」
「昔やってたから」
「ミラも?」
「練習したよ」
「じゃあやる」
続ける。
五分くらい。
手が止まった。
「おばさん」
「何?」
「これ、いつできる?」
「何を作るかによる」
「ミラが作ってた丸いの」
「小さいのなら今日中にはできるんじゃない?」
サラが自分の編んだものを見る。
まだ鎖。
「畑ならもう終わってる」
比べるものではない。
「モグルは使わないよ」
「糸、モグルで編めない?」
「やめて」
何が起きるか分からない。
サラはもう少し続けた。
輪にする。
次を編む。
一目。
次。
一目。
しばらくして。
針が置かれた。
「飽きた」
「うん」
早かった。
「もうやめる?」
「やめる」
即答だった。
向いていなかったらしい。
私は自分のテーブルクロスに戻る。
一つ埋める。
一つ空ける。
また埋める。
サラは向かいに座ったままだった。
「畑行かないの?」
「今日は終わった」
「じゃあ何する?」
「分からない」
私は編む。
サラは見る。
しばらくして。
「でも何か作りたい」
「レースは?」
「飽きた」
「うん」
「ミラも作ってる」
「作ってるね」
「おばさんも作ってる」
「作ってるね」
「私も作りたい」
なるほど。
レースが作りたいわけではなかったらしい。
何か。
もっと簡単で。
同じことを繰り返して。
出来たものがすぐ見えるもの。
昔。
そんなものがあった。
「あ」
思い出した。
「リリアン」
「何それ?」
「紐を作るやつ」
「紐?」
「うん」
「作りたい」
まだ何も説明していない。
でも、紐なら使い道はある。
細い糸も、何本かまとめれば丈夫になる。
色を混ぜてもいい。
私は紙を出した。
今度は丸。
真ん中に穴。
周りに何本か棒。
多分こんな感じだった。
「また作るの?」
「うん」
「魔道具?」
「違う」
最近こればかりだ。
木工職人のところへ行った。
図を見せる。
職人が私を見る。
「また編む道具か?」
覚えられていた。
「今度はサラの」
隣のサラを見る。
「何を作る?」
「紐」
「何に使う?」
サラが私を見る。
私もサラを見る。
「……髪?」
「髪に使う」
決まった。
数日後。
出来上がったものを受け取る。
サラにやり方を教える。
棒に糸を掛ける。
下の糸を持ち上げる。
次。
また次。
ぐるっと一周。
繰り返す。
しばらくすると。
真ん中の穴から、少しだけ編んだものが出てきた。
「おばさん!」
「何?」
「出た!」
「出るよ」
「紐!」
嬉しそうだ。
レースの時とは全然違う。
また編む。
少し伸びる。
「伸びた!」
「うん」
また編む。
「また伸びた!」
「うん」
楽しいらしい。
夕方までやっていた。
出来た紐は、それほど長くない。
でも髪を結ぶくらいなら使えそうだ。
「貸して」
「何するの?」
「髪」
サラを座らせる。
髪をまとめる。
作った紐で結ぶ。
少し太い。
でも悪くない。
「できた」
サラが鏡を見る。
横を見る。
反対を見る。
後ろは見えない。
何度も角度を変える。
「可愛い?」
「可愛いよ」
笑った。
満足らしい。
次の日。
サラはいなくなった。
畑にもいない。
どこへ行ったのかと思っていたら、昼過ぎに帰ってきた。
「頼んできた!」
「何を?」
「色」
「色?」
「ミラのところ」
ああ。
旦那さんか。
「これ、この色にしてって」
色見本らしい布を見せる。
明るい青。
「紐を?」
「うん」
「自分で行ったの?」
「うん」
行動が早い。
数日後。
青く染まった紐を持って帰ってきた。
少し縮んだらしい。
でも髪には使える。
それから、染めた糸も貰ってきた。
青。
白。
薄い青。
「混ぜる」
「いいね」
三本使って編み始めた。
今度は最初から色が混ざっている。
出来上がる紐も、青と白が混ざる。
「こっちの方が可愛い」
「そうだね」
それからサラは、よく紐を作るようになった。
畑が終わった後。
夕食の後。
雨の日。
長いもの。
短いもの。
太いもの。
細いもの。
何に使うのか分からないものもある。
でも本人は楽しそうなのでいい。
ある日。
カイルが子供を連れてきた。
サラは新しく作った紐を持って、私のところへ来る。
「おばさん、結んで」
「自分でできるでしょ」
「できるよ」
「じゃあ自分でやれば?」
「おばさんがやって」
はいはい。
サラを座らせる。
髪をまとめようとしたところで。
カイルの子供が寄ってきた。
「私も!」
サラが振り返る。
「私が先」
「私も結んで!」
「後」
「サラ」
「何?」
「子供と張り合わないの」
サラが私を見る。
「私も子供」
「十六歳」
「子供」
違うと思う。
カイルを見る。
笑っている。
助ける気はないらしい。
仕方ない。
まずサラの髪を結ぶ。
今日の紐は、白と青と薄い青。
自分で作ったものだ。
「できた」
サラが触る。
「可愛い?」
「可愛いよ」
満足した。
次。
カイルの子供。
「何色がいい?」
「赤!」
「赤ないね」
サラが自分の紐を入れている袋を見る。
ごそごそ探す。
「今度作る」
「ほんと?」
「うん」
「赤と黄色!」
「分かった」
注文まで入った。
サラは嬉しそうだ。
ミラは服を作る。
旦那さんは色を作る。
カイルは商売をする。
ルークは冒険者。
ニコは学校。
サラは畑。
それから。
紐を作る。
別に仕事ではない。
売る必要もない。
作りたいから作る。
誰かにあげる。
自分でも使う。
それでいい。
私は編みかけのテーブルクロスを見る。
まだ途中だ。
かなり途中。
サラの紐の方が、ずっと早く増えている。
「おばさん」
「何?」
「赤い糸買いに行こう」
「今から?」
「うん」
孫の注文らしい。
テーブルクロスを見る。
まだ途中だ。
かなり途中。
今日はここまででいいか。
針を置く。
「行こうか」
「うん!」
サラがすぐに立ち上がった。
十六歳。
もう小さくない。
畑は一人で任せられる。
上級の土魔法も使える。
私がいなくても町へ行ける。
買い物もできる。
職人に染色を頼んで、色や糸の相談までして帰ってくる。
昔みたいに、何でも私がしてやる必要はない。
サラは自分でできる。
ちゃんと大きくなった。
玄関を出る。
歩き出す。
少しして。
袖が引かれた。
見る。
サラが私の袖をつまんでいる。
「何?」
「別に」
そのまま歩く。
昔もそうだった。
小さい頃。
町へ行く時。
人が多いところを歩く時。
サラはよく私の服をつまんでいた。
手を繋ぐほどでもない。
でも、少しだけ離れないように。
十六歳になっても。
そこは変わらないらしい。
「サラ」
「何?」
「一人でも行けるでしょ」
「行けるよ」
「じゃあ何でつかんでるの?」
サラが袖を見る。
少し考えた。
「おばさんと行くから」
答えになっているのか分からない。
でも。
まあいい。
「赤と黄色だっけ?」
「うん。あと白も欲しい」
「増えてるじゃん」
「私の」
「はいはい」
サラが笑う。
袖は離さない。
できることは増えた。
私がいなくても、できることばかりになった。
それでも。
私と一緒にいる時くらいは。
まだ、これでいいのだろう。
私は袖をつまんだサラと並んで、糸を買いに行った。




