第45章 ④
ミラのところへ通う回数が減った。
同じ大きさのレースを作れるようになったからだ。
後は自分で考える。
模様も。
使い方も。
旦那さんは染め方を試している。
糸の種類。
染料。
染める前と後。
縮み方まで紙に書いていた。
任せて大丈夫だろう。
私は家でテーブルクロスを編む。
少しずつ花が見えてきた。
まだ端だけ。
完成までは遠い。
急いでいない。
暇だから。
でも。
ずっと同じものを編んでいると、少し飽きる。
「次はカイルかな」
サラが顔を上げた。
「何が?」
「教えるもの」
「カイルにもレース?」
「違う」
カイルは商人だ。
服は作らない。
染めない。
レースを編んでいる姿も、あまり想像できない。
商人なら。
「そろばんかな」
「そろばん?」
「計算するもの」
「紙?」
「違う」
説明するより作った方が早い。
紙を出す。
枠。
棒。
玉。
昔使っていたものを思い出しながら描く。
一つの棒に玉。
何個だったっけ。
上に一つ。
下に四つ。
多分。
「これ」
サラに見せる。
「何?」
「そろばん」
「何するの?」
「計算」
「これで?」
「できるよ」
「魔道具?」
「違う」
何でも魔道具にしないでほしい。
木工職人のところへ持っていく。
説明する。
細い棒を何本も並べる。
その棒に、真ん中へ穴を開けた小さな玉を通す。
玉が滑ればいい。
職人が図を見る。
「玩具か?」
「計算する道具」
「これで?」
サラと同じ反応だった。
「できるの」
とりあえず一つ頼んだ。
出来上がるまでの間。
私はテーブルクロスを編んだ。
花が一つできた。
少し歪んで見える。
離れて見る。
花に見える。
ならいい。
数日後。
そろばんができた。
玉を動かす。
少し引っ掛かる。
何度か動かす。
使えなくはない。
「懐かしい」
指で玉を弾く。
一。
二。
三。
十。
百。
手は覚えている。
多分。
簡単な足し算をする。
合った。
引き算。
合った。
掛け算。
少し考えた。
「……これは後でいいか」
まず足し算と引き算ができれば十分だろう。
次の日。
カイルの店へ行った。
カイルは帳面を見ていた。
私を見る。
手元を見る。
「何それ」
「そろばん」
「何?」
「計算するもの」
「計算なら今してるけど」
「知ってる」
帳面の横には紙。
数字が並んでいる。
売ったもの。
仕入れたもの。
金額。
カイルは商人だ。
当然、計算はできる。
「これ使うと早いよ」
そろばんを机に置く。
「本当に?」
「多分」
「そこ多分なの?」
昔は使えた。
今も多分使える。
簡単な数字を紙に書いてもらう。
売上。
仕入れ。
いくつか足す。
玉を動かす。
答えを言う。
カイルが自分の計算を見る。
「合ってる」
「でしょ」
「もう一回」
別の数字。
足す。
引く。
答える。
カイルがそろばんを見る。
目が変わった。
ミラと同じだ。
仕事の顔。
「これ、慣れたらもっと早い?」
「早いよ」
「大きい数字も?」
「桁を増やせば」
「何人分でも作れる?」
「木工職人が作れば」
カイルがそろばんを手に取った。
玉を動かす。
「教えて」
「いいよ」
まず。
一。
五。
十。
玉の意味から。
カイルは覚えるのが早い。
商人だから数字には慣れている。
問題は指だった。
「違う」
「何が?」
「その玉は親指」
「どっちでも同じだろ」
「早くなると違う」
「細かい」
「基本だから」
ミラにも言った。
基本は大事だ。
カイルが渋々、親指で玉を上げる。
「こう?」
「そう」
何度か繰り返す。
そのうち少し滑らかになった。
「これ、店の奴にも教えていい?」
「いいよ」
「商人ギルドは?」
考える。
別に困らない。
レースはミラにあげた。
でも、そろばんはカイルに教えたものだ。
その先は、カイルが決めればいい。
「好きにすれば?」
「分かった」
カイルはもう一度そろばんを弾いた。
その横に、さっきまで見ていた帳面がある。
売ったもの。
仕入れたもの。
入ってきたお金。
出ていったお金。
細かく書いてある。
「これ、全部カイルが書いてるの?」
「今はね」
「大変じゃない?」
「大変だよ」
即答だった。
「店が一つならまだいいけど」
カイルが帳面をめくる。
「取引先が増えたし、預けてる商品もある。後で払うのも、後で貰うのもあるし」
「ああ」
「人に任せたいけど、書き方が違うと後で見るのが面倒なんだよ」
なるほど。
帳面を見る。
一つ一つはちゃんと書いてある。
でも。
店が増えたら。
人が増えたら。
取引がもっと増えたら。
確かに大変だ。
「だったら」
昔習ったものを思い出した。
面倒だった。
右と左。
借方と貸方。
一円合わなくて、何度も見直した。
でも。
こういう時には便利だったはずだ。
「帳面の付け方、変えてみる?」
カイルが顔を上げた。
「付け方?」
「うん。もっと増えても分かるように」
「そんなのあるの?」
「あるよ」
「また遠いところ?」
「遠いところ」
カイルが少し笑った。
「教えて」
「いいよ」
紙を一枚借りる。
真ん中に線を引いた。
右と左。
カイルが覗き込む。
「何で分けるの?」
「一つの取引を、二つに分けて書くから」
「二つ?」
「うん」
カイルが眉を寄せた。
まあ。
最初はそうなる。
私もそうだった。
一つの取引なのに、二つ書く。
右と左。
入ったもの。
出ていったもの。
慣れるまでは、少し面倒だ。
でも。
慣れてしまえば、店の中で何が動いたのかが分かる。
お金だけではない。
商品も。
後で貰うお金も。
後で払うお金も。
「さて」
紙の左右を見る。
どこから説明しよう。
そろばんより。
こっちの方が時間がかかりそうだ。




