第45章 ②
ミラの家へ着いた。
扉を叩く。
「はーい」
ミラが出てきた。
私を見る。
鞄を見る。
「どうしたの?」
「暇だから来た」
「暇なの?」
「暇になった」
「サラ?」
「うん」
通じた。
家へ入れてもらう。
旦那さんは仕事中だった。
家の奥には、染めた布が何枚か干してある。
邪魔にならないところへ座る。
「それで?」
「これ」
鞄からレースを出した。
四枚。
机に並べる。
ミラが見る。
一枚持ち上げた。
「何これ?」
「レース」
「レース?」
「編んだの」
裏を見る。
表を見る。
指で模様をなぞる。
「これ、糸?」
「糸」
「どうやって?」
「針で」
作ってもらった針も出す。
ミラが持つ。
先を見る。
「変な針」
「編む針」
「これで?」
「うん」
ミラがもう一度レースを見る。
今度は細い糸で編んだもの。
「これ、高い糸じゃない?」
「高かった」
「これで作ったの?」
「うん」
「四枚も?」
「暇だったから」
ミラが黙った。
何か言いたそうだ。
「お金あるから大丈夫」
「そこじゃない」
違ったらしい。
ミラはレースを一枚持って立ち上がった。
作りかけらしい服を持ってくる。
襟元に当てた。
少し考えて位置を変える。
袖口。
裾。
「……これ、売れる」
「そう?」
「売れるよ」
即答だった。
「今まで刺繍を入れてたところに、これをつけられる」
刺繍。
そういえば、こっちの綺麗な服にはよく入っている。
「刺繍より早い?」
「模様による。でも、別に作っておけるのがいい」
ミラがレースを外した。
「服ができてから刺繍を入れると、その服をずっと抱えるでしょ。でも、これなら先に作って置いておける」
なるほど。
そこは考えていなかった。
「注文が来たらつけるだけにできる」
「便利?」
「すごく便利」
ミラは別の一枚を手に取った。
「それに、同じ服でもこれを変えれば違う服に見える」
襟につける。
外す。
別の模様に替える。
「本当だ」
「細い糸なら貴族向けにできる。もう少し太い糸なら、普通の服にも使える」
「高い糸じゃなくても?」
「全部高級品にする必要ないでしょ」
それもそうだ。
ミラの目が完全に仕事の目になっている。
「端だけなら使う量も少ない」
「高い糸でも?」
「服全部を高い布にするより安い」
なるほど。
高い糸を少し使って、服を豪華に見せる。
それなら売りやすい。
「これ、作り方教えて」
「そのつもりで来た」
「売っていい?」
「いいよ」
「私が?」
「ミラが」
確認するように聞かれた。
「商人さんは?」
「教えない」
「いいの?」
「今回はミラにあげるから」
ミラがレースを見る。
少し黙った。
「ありがとう」
「うん」
その時。
奥から旦那さんが出てきた。
手に色がついている。
「何してる?」
「これ見て」
ミラが一枚渡す。
旦那さんが受け取った。
「布?」
「糸を編んだんだって」
「これを?」
近くで見る。
光に透かす。
指で糸を確かめる。
「これ、色は?」
「これは糸の色」
「後から染められないか?」
やっぱり。
そこを見るらしい。
「私も今それ考えてた」
ミラが言った。
「白で作って、注文に合わせて色を変えられたら便利じゃない?」
「できればな」
旦那さんがもう一度レースを見る。
「糸だけなら染まる。ただ、編んだ後だと縮むかもしれない」
「模様が崩れる?」
「可能性はある」
「じゃあ駄目?」
「試してないのに分かるか」
職人だった。
旦那さんが机の四枚を見る。
「糸の種類でも違う。染料でも違う。先に染めた糸で編むのと、編んでから染めるのでも違うだろうな」
「どっちがいい?」
「だから試す」
ミラが色のついていない一枚を渡した。
「これ使って」
「いいの?」
「いいよ」
私のだけど。
まあいい。
試すために作った。
旦那さんがレースを持って奥へ行こうとして、止まった。
「これ、同じのを何枚も作れる?」
私を見る。
「作れるよ」
「同じ大きさで?」
「多分」
「同じ模様で?」
「それも多分」
慣れれば。
旦那さんがミラを見る。
「だったら商品にできる」
ミラが頷く。
「でしょ?」
二人で話し始めた。
服につける場所。
使う糸。
色。
値段。
貴族向け。
町の人向け。
全部手編みにするなら、作れる数にも限りがある。
だったら細い糸の細かいものは高くする。
簡単な模様なら少し太い糸で数を作る。
服だけじゃなく、袋や帽子にもつけられる。
「待って」
私が止めた。
二人が見る。
「まだミラ、編めないよ」
「あ」
忘れていたらしい。
まずそこだ。
私は針を一本、ミラへ渡した。
糸も出す。
「こうやって引っ掛けて」
「うん」
「引く」
「こう?」
「そう」
一つ。
二つ。
三つ。
ミラは手先が器用だ。
服を作っているからか、覚えるのも早い。
少し曲がる。
ほどく。
もう一度。
「難しい」
「最初だけだよ」
「お母さん、いつ覚えたの?」
手が止まった。
いつだったか。
若い頃。
多分。
「昔」
「どこで?」
「遠いところ」
ミラが私を見る。
「またそれ」
「遠いからね」
それ以上は聞かなかった。
昔からそうだった。
私は鎖の続きを見せる。
輪にする。
そこへ針を入れる。
糸を掛ける。
引く。
「これを繰り返すと模様になる」
「何でも作れる?」
「私が覚えてる範囲なら」
全部は覚えていない。
本もない。
編み図もない。
でも。
花。
葉っぱ。
丸い模様。
方眼みたいに編んで、模様を出す方法もある。
思い出せるものは、まだある。
「じゃあ全部教えて」
「全部?」
「覚えてるの全部」
欲張りだ。
でも。
そのために来た。
「いいよ」
ミラが笑った。
旦那さんは、さっきのレースを持って奥へ行った。
染まり方を試すらしい。
ミラは隣で鎖を編んでいる。
一つ。
二つ。
三つ。
まだ不揃い。
でも、そのうち揃うだろう。
その先は。
ミラが服にする。
旦那さんが色をつける。
値段も、売り方も、誰に売るかも。
二人で決めればいい。
私は編み方を教える。
商売にするのは。
二人の仕事だ。




