第44章 ②
商人のところへ行った。
久しぶりでもない。
温泉の掃除代を貰っているので、時々会う。
商人はいた。
息子もいた。
最近は大体二人でいる。
仕事を引き継いでいるらしい。
「何しに来た」
商人が聞いた。
「契約変えに来た」
「何の」
「おばさん特価」
商人が黙った。
息子も黙った。
「……そんな名前じゃない」
「じゃあ何?」
商人が息子を見る。
息子も商人を見る。
「何?」
「契約書を見ないと分からん」
「じゃあ、おばさん特価でいいじゃん」
「よくない」
何が駄目なのか分からない。
分かればいいと思う。
息子が奥へ行った。
しばらくして紙を持って戻ってくる。
何枚かある。
古い。
「これですね」
息子が読む。
「製法提供に伴う商品原価提供契約」
長い。
「おばさん特価」
「違います」
息子にも否定された。
まあいい。
「これ、私が死んだら終わる?」
二人が黙った。
今度は少し長かった。
「終わる」
商人が答えた。
「契約者はお前だからな」
「じゃあ変えて」
「何をだ」
「ルークとサラも使えるようにして」
商人が私を見る。
息子も見る。
「駄目?」
「駄目とは言ってない」
「じゃあお願い」
「話が早いな」
早い方がいい。
商人が椅子に座り直した。
「カイルとミラはどうする」
「いらない」
「即答か」
「自分の家があるし、自分で生活してるから」
「ニコは?」
「学校を出たら自分で稼ぐと思う」
多分。
あの子なら大丈夫だろう。
「ルークも冒険者で稼いでるだろ」
「稼いでるね」
「じゃあ何でルークは入れる」
考える。
「まだ家にいるから?」
「俺に聞くな」
そうだった。
でも。
ルークとサラは、この家にいる。
サラは畑をやっている。
ルークは依頼で何日かいないこともあるけれど、帰ってくる場所はここだ。
私がいなくなった後も。
多分。
「この家に残る二人だから」
そう言うと、商人は少しだけ黙った。
「……そうか」
息子が契約書を見る。
「変更自体はできます」
「良かった」
「ただし」
「何?」
「本来、この契約はみーさんが提供した製法の対価です。子供だからという理由だけで、その権利をそのまま引き継がせるのは――」
「いい」
商人が言った。
息子が父親を見る。
「親父」
「いいと言ってる」
「でも」
商人が私を見る。
「こいつが今まで受け取らなかった金を考えれば、二人くらい増えたところで安いもんだ」
受け取らなかった金。
「受け取ってるよ?」
「何を」
「商品」
「原価でな」
「安かった」
「知ってる」
だから問題ない。
息子が少し困った顔をしている。
「父から聞いてはいましたが」
「何を?」
「みーさんは、必要な物しか買わないと」
「必要ない物を買ってどうするの?」
「普通は安ければ多めに買う人もいます」
「置くところに困るじゃん」
息子が黙った。
商人が笑った。
「分かっただろ」
「……少し」
何が分かったのだろう。
「それで、二人にも原価で売ってくれる?」
「お前が死んだ後もな」
「うん」
商人が息子を見る。
「引き継げ」
息子は少し考えてから頷いた。
「分かりました」
良かった。
これで一つ片付いた。
「じゃあ帰る」
「待て」
立ち上がったら止められた。
「何?」
「契約書を書き直す」
「今?」
「今だ」
「面倒」
「お前が契約を変えに来たんだろうが!」
そうだった。
もう少しかかるらしい。
仕方ないので座り直す。
息子が新しい紙を用意する。
商人が内容を確認する。
私は待つ。
「名前は?」
息子が聞いた。
「みー」
「違います。追加する二人です」
「ルークとサラ」
「正式名を」
正式名。
ちゃんとある。
言う。
息子が書く。
「この二人が、生涯この契約を利用できる形でいいですか?」
「うん」
商人が横から言った。
「必要な分だけだぞ」
「分かってるよ」
「お前じゃない。二人に言ってる」
まだいない。
「後で言っとく」
「絶対言え」
「言うって」
信用がない。
でも。
ルークもサラも、必要以上に買うような子ではない。
多分。
契約書ができた。
確認する。
難しいところは商人に聞いた。
大丈夫そうだった。
署名する。
これで終わり。
「できた?」
「ああ」
「じゃあ、おばさん特価は二人にも使える?」
「その呼び方をやめろ」
使えるらしい。
一つ。
残すものが決まった。
大したものではない。
でも。
毎日暮らすには、少し便利だ。
それくらいでいい。




