第43章 ➂
師匠が帰った。
翌日。
私はサラと畑にいた。
昨日耕した畑ではない。
その隣だ。
「ここから」
「うん」
「ここまで」
「うん」
サラが歩く。
私も歩く。
少し広い。
いや。
結構広い。
昨日、師匠に止められた場所より広くなっている気がする。
気のせいだと思う。
多分。
「ここ全部?」
サラが聞く。
私は周りを見る。
森ではない。
家の近くの開けた土地だ。
草が生えている。
石もある。
畑にするには大変そうだった。
今までは。
「できる?」
「できる」
即答だった。
便利。
「じゃあお願い」
サラが地面を見る。
考える。
長い。
昨日より長い。
「サラ?」
「モグル考えてる」
邪魔してはいけないらしい。
待つ。
サラが顔を上げた。
「できる」
「何匹?」
聞いてみた。
サラが首を傾げる。
「すごくいっぱい」
増えた。
いっぱいの上があった。
「大丈夫?」
「うん」
サラが地面に手を置く。
「モグルすごくいっぱい」
地面が動いた。
ぼこ。
ぼこぼこ。
昨日より広い。
遠くまで動いている。
草が浮く。
石が出る。
根が上がる。
土が崩れる。
地面が波打ちながら、端から順番に畑になっていく。
私は見ていた。
「おお」
凄い。
昨日より凄い。
しばらくして止まった。
サラが立ち上がる。
「終わり」
私は土を触る。
柔らかい。
石も端へ集められている。
草の根もまとまっていた。
完璧。
「サラ」
「なに?」
「凄く便利」
「うん」
嬉しそうだった。
畑を見る。
広い。
これなら色々植えられる。
ジャガイモ。
豆。
葉物。
カルト芋も増やせる。
ニコが喜ぶ。
トマトみたいなものも欲しい。
あれも。
これも。
考えていると。
「おばさん」
ルークの声がした。
振り返る。
ルークが立っていた。
新しく出来た畑を見る。
私を見る。
また畑を見る。
「何してるの?」
「畑」
「それは分かる」
最近、よく言われる。
「昨日より広くない?」
「増やしたから」
「師匠、増やすなって言ってなかった?」
「帰ったから」
ルークが黙った。
何か変なことを言っただろうか。
「師匠が帰ったから増やしたの?」
「違うよ」
「じゃあ何で?」
「サラがいるから」
サラが頷く。
「できる」
「そういう問題かな……」
ルークまでツッコミを始めた。
師匠がいなくても大丈夫そうだった。
「これ、全部使うの?」
「使うよ」
「何植えるの?」
考える。
色々。
でも。
「まだ決めてない」
「決める前に増やしたの?」
「土地は逃げないから」
「畑も逃げないよ」
確かに。
ルークがため息をついた。
師匠に似てきた。
七年一緒にいたからだろうか。
「増やすのはいいけど、世話できる?」
「サラがいる」
「うん」
サラが頷く。
ルークがサラを見る。
「そういえばサラ、これからどうするの?」
サラが首を傾げた。
「ここにいる」
「それは分かってるけど」
「?」
本当に分かっていないらしい。
ルークが言い直した。
「修行終わっただろ。仕事とか」
「畑」
「畑?」
「うん」
サラが新しく出来た畑を見る。
「おばさんとやる」
私はサラを見る。
初めて聞いた。
「畑やるの?」
「うん」
「冒険者は?」
「ならない」
即答だった。
ルークは少し驚いたようだった。
「前から決めてた?」
「うん」
「いつ?」
サラが考える。
「ずっと」
ずっと。
それでは分からない。
「修行に行く前から?」
私が聞く。
「うん」
そこまで前だった。
「修行終わったら帰る」
サラが言う。
「おばさんといる」
それが当たり前みたいに言った。
私は少し困った。
七年も修行した。
上級まで魔法を覚えた。
だから、その魔法を使う仕事をするものだと思っていた。
冒険者とか。
魔法を使う仕事とか。
でも考えてみれば、サラがそんなことを言ったことは一度もない。
修行に行ったから。
その先も何かあるのだと、私が勝手に思っていただけだった。
「せっかく上級になったのに?」
聞いてみる。
サラが畑を見る。
「使ってる」
そうだった。確かに使っている。
とても役に立っている。
ルークが笑った。
「師匠が聞いたら泣くよ」
「昨日見てたよ?」
「昨日はまだ、これが仕事になるとは思ってなかったと思う」
仕事。
そうなのだろうか。
家の畑だけど。
まあいい。
本人がやりたいなら。
「じゃあ、一緒にやる?」
「うん」
サラが笑った。
決まったらしい。
ルークもそれ以上は何も言わなかった。
少しして。
「ニコのこともあるしな」
ルークが言った。
サラが頷く。
「うん」
私はサラを見る。
「伯爵家?」
「うん」
やっぱり。
「無理に連れていかないって約束したよ」
「今は」
サラが言った。
覚えていた。
伯爵が言った言葉。
今は、それでいい。
サラはあの時、ずっとニコの隣にいた。
聞いていたのだ。
「また来るかもしれない」
「そうだね」
「ニコが嫌なら守る」
「ニコ、寮にいるよ」
「何かあったら行く」
迷いがない。
そのために家に残るわけではない。
サラは最初から帰ってくるつもりだった。
でも帰ってきた今。
守りたいものが一つ増えていた。
いや。
増えてはいないか。
昔からだった。
小さい頃から。
サラはニコを守っていた。
最初はイナからカルト芋を。
今は伯爵家から。
随分大きくなった。
守るものも大きくなった。
「普段は畑?」
ルークが聞く。
「うん」
「ニコに何かあったら?」
「行く」
「分かりやすいな」
「うん」
サラも頷いた。
私も分かりやすくていいと思う。
私は新しい畑を見る。
これだけ広ければ収穫も増える。
家で食べるだけでは余りそうだ。
余ったら売ればいい。
市場。
屋台のおばちゃん。
商人。
色々ある。
「もう少し増やせるかな」
口に出ていた。
ルークがすぐに反応した。
「待って」
サラは隣を見る。
「できる」
「サラも待って」
「どこまで?」
「聞かないで!」
ルークが止める。
私は考えた。
まだ土地はある。
サラもいる。
人手の問題はかなり減った。
だったら。
もう少しだけ。
本当に少しだけ。
増やしてもいいと思う。
「おばさん」
「なに?」
「今、何考えてる?」
「何も」
「嘘だ」
失礼だ。
まだ何もしていない。
考えているだけだ。
多分。
師匠が帰った翌日。
ツッコミはいなくならなかった。
ルークに引き継がれていた。




