第43章 ①
ニコが伯爵家の子供だと判定してから約一年。
ルークとサラが帰ってきた。
師匠も一緒だった。
三人の後ろには大きな荷物がある。
私はそれを見て、少し考えた。
「今度は何?」
師匠が眉を寄せた。
「何って何だよ」
「誰か結婚する?」
「しない」
「何かあった?」
「ないよ」
ルークが笑っている。
サラは荷物を下ろした。
「帰ってきた」
「それは見れば分かる」
「ずっと」
「ずっと?」
「修行、終わった」
私はルークを見る。
ルークが頷いた。
「終わったよ」
そうだった。
今回はカイルの結婚でもない。
ミラの結婚でもない。
ニコの一大事でもない。
本当に帰ってきたらしい。
「おかえり」
「ただいま」
ルークが笑った。
「ただいま」
サラも言う。
師匠が大きく息を吐いた。
「やっと返せた」
「荷物みたいに言わないで」
「七年預かったんだ。似たようなもんだよ」
七年。
そんなに経ったらしい。
ルークを師匠に預けたのは八歳だった。
サラは五歳。
今のルークは、もうすぐ十六歳。
サラも十三歳になった。
いつの間にか随分経っていた。
「二人とも、ちゃんと修行終わった?」
「終わったから連れてきたんだよ」
師匠が答える。
「ルークはもう一流って言っていい」
「おお」
凄い!多分。
「反応薄いな」
「どのくらい凄いのか分からない」
「まあ、そうだろうな」
師匠も知っている。
私は魔法が使えない。
一流と言われても、何と比べればいいのか分からない。
「冒険者としてやっていくなら、魔法の腕だけで困ることはないよ。あとは経験だな」
「冒険者になるの?」
ルークに聞く。
「うん」
「そう」
「反対しないの?」
「した方がいい?」
「いや」
「じゃあしない」
ルークが少し笑った。
自分で決めたなら、それでいい。
ただ。
「死なないでね」
「うん」
そこだけは大事だった。
私は師匠を見る。
「サラは?」
師匠の顔が変わった。
何だ。
「サラも上級だよ」
「おお」
「腕はいい。魔力の扱いも問題ない。判断も早い。土魔法なら、その辺の冒険者よりよっぽど使える」
「凄いじゃん」
「凄いんだけどな」
師匠が頭を掻いた。
何かあるらしい。
「みー」
「なに?」
「あんた、七年前にサラへ何教えた?」
「何って?」
「魔法だよ」
考える。
七年前。
サラは五歳だった。
まだ小さかった。
「イメージ?」
「それだよ!」
師匠が私を指した。
「魔法はイメージが大事って」
「それ!」
「違った?」
「違わない!」
ならいいと思う。
「じゃあ何?」
「そこが腹立つんだよ!」
分からない。
サラを見る。
サラも分からないらしい。
首を傾げている。
師匠がサラを見る。
「サラ」
「なに?」
「土魔法、やってみろ」
「何する?」
「ほら! そこからなんだよ!」
師匠がまた私を見る。
私を見るな。
「普通は何を発動するか決めて、それに合わせて魔法を使うだろ」
「うん」
多分。
「こいつは違うんだよ」
「?」
「頭の中で何をするか決める。そこまではいい」
「うん」
「その後が全部モグルなんだよ!」
ああ。
もぐらね。
こっちではモグルって言うんだった。
サラに魔法を教えるときに例えで教えてサラが気に入ったやつ。
「土だから?」
「そういう問題じゃない!」
師匠が頭を抱えた。
「五歳だったからな。そのうち普通のやり方を覚えると思ったんだよ」
「覚えなかった?」
「七年ずっとモグルだよ!」
長い。
「サラ」
「なに?」
「魔法使ってみて」
サラが地面を見る。
少し考えた。
「モグル十」
地面が動いた。
ぼこ。
ぼこぼこ。
土の中から石が十個ほど押し出されてきた。
私は見る。
「便利」
「そうじゃない!」
師匠が怒った。
「今のは石を地上へ押し出した。だが同じ『モグル十』でも次に同じことをするとは限らない」
「そうなの?」
サラに聞く。
「うん」
「次は?」
「分からない」
「本人も分からないの?」
「今、することない」
なるほど。
必要な時に考えるらしい。
師匠がため息をついた。
「モグル十で石を出すこともある。穴を掘ることもある。地面を固めることもある」
「十なのに?」
「数字は魔法の種類じゃないんだよ」
「じゃあ何?」
師匠が嫌そうな顔をした。
「モグルの数だ」
私はサラを見る。
「十匹?」
「うん」
本当に数だった。
「じゃあ、モグル百は?」
師匠が遠い目をした。
「聞くな」
「なんで?」
「何が起きるか分からん」
サラが答える。
「石礫が作れる」
「ほらな」
「地面も割れる」
「ほらな!」
師匠が私を見る。
「同じ百だぞ!」
確かに違う。
「どうやって決めてるの?」
サラが自分の頭を指した。
「ここ」
イメージらしい。
なるほど。
私が教えた通りだった。
「ちゃんと出来てるじゃん」
「だから腹が立つんだよ!」
師匠の声が大きくなった。
ルークが横で笑っている。
多分、七年間何度も見たのだろう。
「直そうとはしたんだよ」
「うん」
「普通の術名も教えた。発動の形も教えた。魔力の組み方も教えた」
「うん」
「全部覚えた」
「偉い」
「その上で全部モグルに戻した!」
駄目だったらしい。
いや。
出来ているなら駄目ではない気もする。
「でも上級なんでしょ?」
「上級だよ!」
「強い?」
「強いよ!」
「ならいいじゃん」
「七年間、あたしも最後はそう思うしかなくなったよ!」
諦めたらしい。
サラは気にしていない。
地面から出した石を拾っている。
私はその石を見る。
畑を思い出した。
そろそろ土を起こしたかった。
「サラ」
「なに?」
「畑、耕せる?」
「うん」
即答だった。
師匠が止まった。
私を見る。
サラを見る。
また私を見る。
「……七年かけて上級まで育てたんだけどな」
「ありがとう」
「畑か」
「畑」
サラが嬉しそうに頷く。
「モグルいっぱい使う」
師匠が空を見た。
私は少し申し訳なくなった。
でも。
とても助かる。




