第41章 ⑧
会議室は静かだった。
伯爵の言葉の後。
誰もすぐには口を開かなかった。
最初に動いたのは年配の役人だった。
「では次に、行方不明当時の状況を確認します」
書類を一枚めくる。
「ニコラス君が行方不明になったのは九年前」
「三歳の時です」
ニコは黙って聞いている。
「当日の状況を説明してください」
役人はオットーへ視線を向けた。
オットーは少し考えた。
そして口を開く。
「家族で領都へ向かっていた」
「途中の宿場町で一泊した」
「翌朝、姿がなかった」
部屋は静かだった。
「護衛は?」
商人が聞く。
役人ではなかった。
でも誰も止めない。
「いた」
「何人?」
「六人」
商人が眉を上げる。
おばちゃんも腕を組んだ。
「六人いて消えたのかい」
返事はなかった。
代わりに伯爵が答える。
「だから探した」
声は低かった。
怒っている訳ではない。
でも重かった。
「領内を探した」
「近隣領にも依頼した」
「冒険者ギルドにも依頼した」
役人が資料を確認する。
提出された記録と一致しているらしい。
「確認できています」
伯爵は頷いた。
「では質問です」
役人が続ける。
「何故、ニコラス君だと思ったのですか」
オットーの妻が顔を上げる。
「学園です」
やはりだった。
「首席の表彰の日」
「初めて見ました」
ニコが少し俯く。
「最初は似ていると思っただけです」
静かな声だった。
「顔立ちが似ていました」
「目元も」
「笑った時の雰囲気も」
少しだけ言葉を探す。
「でも、信じられませんでした」
部屋は静かだった。
「九年です」
女性は続ける。
「九年間見つからなかった子が、そんな都合よく見つかるはずがないと思いました」
私は少し分かる気がした。
そんなことは滅多にない。
「だから何度も見ました」
「名前を聞きました」
「年齢も聞きました」
膝の上の手が強く握られる。
「それでも確信はありませんでした」
役人が記録を取る。
「では、何故調査を依頼したのですか」
女性は答えなかった。
代わりに伯爵が口を開く。
「確認するためだ」
役人が視線を向ける。
伯爵は続けた。
「もし他人なら謝罪する」
「だが、もし本人なら放置はできない」
その言葉に嘘はなさそうだった。
「保護下への移送については?」
ギルドマスターが聞く。
伯爵は少し黙る。
「先走った」
会議室が静かになる。
「本人確認が先だった」
「その点については非を認める」
おばちゃんが鼻を鳴らした。
商人も腕を組む。
役人は淡々と記録していた。
私は少し驚く。
謝った。
貴族も謝るらしい。
「ニコ」
ギルドマスターが言った。
「お前は覚えているか」
ニコは首を横に振る。
「覚えていません」
即答だった。
「三歳でしたから」
少し考えてから続ける。
「覚えていなくても不思議じゃないと思います」
役人が頷いた。
「その通りです」
記録係も何かを書き加える。
しばらく沈黙が続いた。
そして年配の役人が書類を閉じる。
「現時点で結論は出せません」
予想通りだった。
「ですが」
また、ですがだった。
「誘拐の疑いについては、裏付ける証拠は確認できませんでした」
「今後は血縁確認を進めます」
役人が言う。
伯爵も頷く。
ギルドマスターも反対しなかった。
それが一番確実らしい。
私はよく分からない。
でも話は少し変わっていた。
誘拐犯の話ではなくなっている。
今は。
ニコが誰なのか。
その話になっていた。




