第41章 ⑤
翌日の昼。
領都から役人が来た。
馬車は二台。
護衛もいる。
思ったより大人数だった。
「逃げないのに」
私が言う。
「普通は逃げる」
ギルドマスターが言った。
そういうものらしい。
事情聴取はギルドの会議室で行われた。
役人は三人。
年配の男。
若い男。
記録係の女性。
机の上には書類が積まれている。
「まず確認します」
年配の役人が紙を開く。
「あなたは、九年前に行方不明となったニコラス・グライナーを保護していた可能性があります」
「保護はしていた」
「身元を知っていましたか」
「知らない」
役人が頷く。
記録係が書いた。
「いつ保護しましたか」
「してない」
役人が顔を上げた。
「していない?」
「私が見つけたんじゃない」
私はおばちゃんを見る。
おばちゃんが頷いた。
「私が見つけた」
説明は簡単だった。
温泉の小屋。
子供三人。
そのまま森の家へ連れていった。
私は家にいた。
それだけ。
役人は順番に話を聞いていく。
おばちゃん。
カイル。
ミラ。
商人。
ギルドマスター。
全員の話が同じだった。
九年前のことなのに、不思議なくらい同じだった。
「記録がありますので」
ギルドマスターが帳簿を出す。
古い帳簿だった。
私が町へ来た日。
屋台へ行った日。
商人との取引。
温泉工事。
家の建築。
カイル達が保護された日。
全部残っていた。
役人は何度も日付を確認している。
若い役人が帳簿と依頼書を見比べた。
「時期が合いませんね」
「合わんな」
年配の役人も頷く。
「少なくとも、この女性が九年前にニコラス君を連れ去ったという主張は成立しません」
良かった。
終わったらしい。
「終わり?」
「まだです」
終わっていなかった。
面倒だった。
「ニコラス君本人にも話を聞きます」
隣に座っていたニコが背筋を伸ばす。
役人は優しい声になった。
「覚えていることはありますか」
「ありません」
「家族のことは?」
「覚えていません」
「この家へ来る前のことは?」
「ほとんど」
役人は無理に聞かなかった。
代わりに別の質問をする。
「今、誰と暮らしていますか」
「家族と」
ニコは答えた。
迷わなかった。
「家族とは?」
「おばさん」
私を見る。
「ルーク」
「サラ」
「イナ」
「カイル」
「ミラ」
少し考える。
「それから、おばちゃん達」
部屋の空気が少し緩んだ。
おばちゃんが鼻を鳴らす。
商人は笑いを堪えている。
役人も少し口元を緩めた。
「そうですか」
記録係が書き続ける。
年配の役人は最後の紙を閉じた。
「確認します」
「仮にグライナー伯爵家との血縁が判明した場合でも、あなたは現在の保護者から離れることを望みますか」
ニコは即答した。
「望みません」
静かだった。
でも、はっきり聞こえた。
役人は頷く。
記録係がペンを走らせる。
その時だった。
若い役人が一枚の紙を見ながら呟く。
「しかし妙ですね」
「何がだ」
年配の役人が聞く。
「伯爵家からの依頼書です」
若い役人は眉をひそめた。
「ニコラス君本人の意思確認より先に、保護下への移送を求めています」
部屋が静かになる。
私にはよく分からない。
でも。
役人達の顔は少し変わっていた。
何かがおかしいらしい。




