第41章 ②
男が告げた家名は、グライナー伯爵家。
八年前の記録にあった名前だった。
ニコも気付いたらしい。
鞄に付いた五十円玉を握る。
女が名乗る。
「クララ・グライナーです。こちらは夫のオットー」
名乗れた。
最初から名乗ればいい。
「この子の名前を教えてください」
「ニコ」
「年齢は?」
「十二歳」
クララの目に涙が溜まる。
教師が周りを見る。
まだ広間には人が残っていた。
「場所を移しましょう」
別の部屋へ案内される。
机を挟み、私とニコが並んで座る。
向かいには伯爵夫婦。
教師も残った。
クララはニコから目を離さない。
「右の肩に、小さな痣はありませんか?」
ニコが私を見る。
ある。
小さい頃からあった。
今も消えていない。
「あります」
クララが口元を押さえた。
「ニコラウスです」
まだ決まっていない。
でも。
年齢。
髪と目の色。
いなくなった場所。
名前。
痣。
ここまで重なる。
多分、そうなのだろう。
オットーがニコを見る。
「八年前、三歳の時にいなくなった。ずっと捜していた」
七年前に捜索依頼は終わっている。
一年間は捜したらしい。
長いのか、短いのか分からない。
クララが手を伸ばす。
ニコの手へ触れようとする。
ニコは少し身を引いた。
伸ばされた手が止まる。
「怖がらないで。私は、あなたの母親なの」
ニコは答えない。
五十円玉を握ったままだった。
「今日、連れて帰ります」
オットーが言った。
「駄目」
全員が私を見る。
「何故です?」
「ニコに聞いてない」
オットーの眉が動く。
「これは我が家の問題です」
「ニコの問題でしょ」
私は隣を見る。
「行きたい?」
ニコが首を横に振った。
「行きません」
クララの顔が歪む。
「急に言われて、驚いているだけです。家へ来れば、きっと思い出します」
三歳の記憶。
ニコには、ほとんど残っていない。
今さら家を見ても、思い出すかは分からない。
「今日は帰らない」
「あなたに決める権利はありません」
オットーの声が低くなる。
「保護者です」
「いつから?」
「八年前から」
「どこで、この子を見つけた」
聞き方が嫌だった。
「私が見つけたんじゃない。カイルとミラが連れてきた」
「誰です?」
「ニコの兄と姉」
血は繋がっていない。
でも、兄と姉だった。
「その二人は、どこでニコラウスを手に入れたのです」
私はオットーを見る。
「子供に、手に入れたって言わないで」
部屋が静かになる。
教師が咳払いをした。
オットーは私から目を逸らさない。
「では、どこで拾った」
「森へ続く街道の近く。二人とも子供だった」
「その話を証明できる者は?」
「カイルとミラ」
「身内の証言では証明にならない」
違う。
一緒に暮らしているから身内になった。
当時は、知らない子供同士だった。
「あなたは、八年間も伯爵家の子供を隠していた」
「隠してない」
「届け出もしなかった」
ギルドには、全員のことを話してある。
ニコの元の家が分からなかっただけだった。
オットーが立ち上がる。
「この件は、正式に調べさせてもらう」
「どうぞ」
困ることはない。
何もしていない。
オットーはニコを見る。
「必ず迎えに来る」
ニコの肩が揺れた。
私は、その前へ少し体を入れる。
迎えに来る。
その言葉が、脅しに聞こえた。




