第40章 ①
ミラの結婚式から数日が過ぎた。
ニコはギルドへ行かなかった。
熱はない。
お腹も痛くない。
具合が悪いわけでもないらしい。
朝食を食べた後、机へ向かう。
本を開く。
でも、読まない。
同じ頁を見たまま、時々私を見る。
話があるらしい。
私は待った。
畑へ行く時間になっても、ニコは何も言わない。
仕方ないので、籠を持つ。
「行ってくる」
「待って」
ようやく止められた。
籠を置き、ニコの向かいへ座る。
「話がある」
「うん」
「怒らない?」
内容による。
そう言おうとして、やめた。
今は怖がらせる時ではない。
「聞いてから決める」
ニコの顔が余計に強張った。
失敗した。
でも、怒らないとは約束できない。
ニコが膝の上で手を握る。
「ギルドで、昔の記録を整理してた」
やはりギルドだった。
何か破いたのか。
失くしたのか。
「別の町のギルドから、古い記録が送られてきたんだ」
保管場所をまとめるために、古い記録が幾つも運ばれてきたらしい。
「その中に、行方不明になった子供の記録があった」
予想と違った。
「八年前。三歳くらいの男の子」
ニコは十一歳。
カイルとミラに拾われた時も、三歳くらいだった。
「いなくなった場所も、僕が見つかった場所に近い」
ニコの声が小さくなる。
「名前も似てた。髪と目の色も同じだった」
似た子供はいる。
でも、全部が重なるのは珍しい。
「貴族の子だった」
ニコは俯いた。
それで元気がなかったらしい。
「僕、多分、その子だと思う」
「ギルドマスターは知ってる?」
首を横に振る。
「まだ言ってない。記録を見つけただけだから」
勝手に持ち出してはいない。
良かった。
「それで?」
ニコが顔を上げる。
目に涙が溜まっていた。
「本当の家が分かったら、ここを出ないといけない?」
思っていなかった言葉だった。
「何で?」
「だって、本当の家族がいるから」
「迎えに来たの?」
ニコが首を横に振る。
「ニコが、その子だと知ってるの?」
また横に振る。
「なら、放っておけばいい」
ニコの目から涙が落ちた。
違ったらしい。
言い方を間違えた。
「ニコを放っておくんじゃないよ。貴族の方」
「でも、本当の家族かもしれない」
「かもしれないだけでしょ」
記録だけでは分からない。
仮に本当でも、こちらから名乗り出れば金目当てだと思われるかもしれない。
貴族の家には、相続も後継ぎもある。
面倒だった。
何より。
「ニコは、もううちの子だよ」
ニコが私を見る。
「私はそう思ってる。ニコは違うの?」
唇を噛む。
しばらく答えなかった。
待つ。
「僕も、ここの子でいたい」
「なら、いいじゃん」
それで終わりだった。
ニコが泣く。
今度は声を抑えなかった。
椅子から降り、私へ抱き付く。
十一歳。
もう十一歳だと思っていた。
でも、抱けばまだ小さかった。
背中を撫でる。
イナも寄ってくる。
ニコの足へ鼻を押し付けた。
「向こうから来たら?」
ニコが私の服を掴んだまま聞く。
「その時、話を聞く」
「返せって言われたら?」
「返さない」
すぐに答えた。
ニコの手から、少し力が抜ける。
「ニコが行きたいなら止めない。でも、向こうが欲しいと言っただけでは渡さない」
子供を物のように渡すのは、もう嫌だった。
ニコが頷く。
「行かない」
「まだ決めなくていい」
「行かない」
今は、それでいい。
ギルドの記録は確認する。
ギルドマスターにも見てもらう。
でも、貴族の家へ知らせるつもりはなかった。
迎えに来ていないなら、放っておく。
ニコは、うちの子だった。




