第39章 ③
結婚式から三か月後。
町から使いが来た。
「リーゼさんの、お産が始まりました!」
私は用意していた袋を持つ。
ニコも立ち上がった。
イナは留守番。
町まで走った。
カイルの家へ着くと、奥の部屋からリーゼの声が聞こえた。
産婆とリーゼの母親が付いている。
湯を沸かす匂い。
布を煮る鍋。
準備はしてある。
私は産婆へ聞く。
「手、洗った?」
「洗ったよ」
「道具は?」
「煮てある」
「これも使う?」
袋から小瓶を出す。
薬師に頼んで用意した、強い酒だ。
飲むためではない。
手や道具を綺麗にするためのもの。
産婆は瓶の中身を確かめ、頷いた。
「後で使うよ」
良かった。
カイルは、奥の部屋の前を歩いていた。
右へ。
左へ。
また右へ。
顔が青い。
「何してる?」
「何もできない」
「うん。産むのはリーゼ」
「苦しそうなんだ」
「だから、あんたが倒れない」
椅子へ座らせる。
水を渡す。
カイルは一口飲み、すぐに立とうとした。
「座れ、お父ちゃん」
止まった。
もうすぐ父親になる。
無事に産まれてほしい。
それしかできない。
「俺、何をすればいい?」
「呼ばれたら動く」
「それだけ?」
「今はね」
カイルは両手を握った。
奥から、またリーゼの声が聞こえる。
「リーゼは命懸けで産んでる」
「うん」
「産まれた後、大変なのもリーゼ」
「うん」
「手伝うんじゃない。一緒にやる」
カイルが私を見る。
「分かった」
「聞こえない」
「分かった」
今度は、はっきり聞こえた。
しばらくして、奥の声が変わった。
産婆が何かを言う。
リーゼの母親が励ましている。
カイルが立ち上がった。
今度は止めなかった。
でも、戸の前から動かない。
長かった。
多分。
本当は、どれくらいだったか分からない。
待つ時間は長い。
やがて。
小さな泣き声が聞こえた。
カイルが戸を開けようとする。
「産まれた!」
「待て」
「でも」
「まず手を洗え!」
カイルが止まる。
「今?」
「今。外を歩いた手で赤ちゃんに触るな」
急いで水場へ行く。
石鹸で手を洗う。
指の間。
爪の周り。
手首まで。
洗い終わると、また奥へ走ろうとした。
「走らない」
今度は歩く。
戸の前で止まる。
私はカイルの背中を押した。
「赤ちゃんより先に、リーゼ」
カイルが振り返る。
「産んだのはリーゼ。先に労って」
「何て言えばいい?」
「自分で考えろ」
そこまで教えることではない。
カイルが部屋へ入る。
寝台にいるリーゼのそばへ座った。
手を握る。
「お疲れさま」
声が震えていた。
「ありがとう。頑張ったな」
リーゼが笑った。
泣いてもいた。
産婆が、布に包んだ赤ちゃんを二人へ見せる。
元気に泣いている。
男の子だった。
カイルが抱く。
ぎこちない。
でも、落とさないように両腕で支えている。
十八年前。
この子も赤ちゃんだった。
私は知らない。
十年前。
森で会った時は、妹とニコを守る子供だった。
今は、自分の子供を抱いている。
「抱きますか?」
産婆が聞く。
「手を洗ってから」
私はまだ洗っていなかった。
初孫だ。
綺麗な手で抱きたい。




