第38章 ⑧
十日後。
全員で町へ来た。
カイルは商人の店を休んだ。
ミラもエマへ伝えてある。
ニコの勉強も今日は休みだった。
家族の面接だから。
ギルドへ入ると、受付の人が私達を見た。
一人ずつ数える。
最後にイナを見る。
「全員ですか?」
「全員」
受付の人は奥へ消えた。
すぐにギルドマスターが出てくる。
私達を見回し、溜息を吐いた。
「本当に全員で来たのか」
「二人の先生だから」
ルークとサラだけの問題ではない。
知らない人へ二人を預けるかもしれない。
全員で見る。
ギルドマスターは何か言いたそうだったが、諦めて奥へ案内した。
いつもの部屋ではなかった。
もっと広い部屋だった。
椅子も多い。
用意してあったらしい。
中には、女が一人座っていた。
年は私と同じくらい。
多分。
短く切った灰色の髪。
日に焼けた顔。
右の頬から顎へ、細い傷が続いている。
服は動きやすそうだった。
腰に杖はない。
剣もない。
荷物は、小さな革袋だけ。
女は私達が入ると立ち上がった。
最初にルークを見る。
次にサラ。
それから、残りの全員を見た。
イナも見る。
「多いね」
「家族だから」
「そうかい」
嫌そうな顔はしなかった。
女はギルドマスターを見る。
「誰が保護者だい?」
私が手を上げる。
女の目が私へ戻る。
「ベルタだ。昔は冒険者をしていた。今は北の町で魔法を教えている」
「何歳?」
ギルドマスターが咳をした。
聞いてはいけなかったらしい。
ベルタは笑う。
「四十八だ」
私より少し下だった。
多分。
「何の魔法?」
「風と水。火と土は使えない」
駄目では。
ルークも同じことを思ったらしい。
「火、使えないの?」
「ああ」
「教えられる?」
「火の出し方は教えられない。もう出せるんだろう?」
「うん」
「なら、魔力の動かし方、使う量、止め方は教えられる。属性が違っても、そこは同じだ」
サラがベルタを見る。
「土も?」
「同じだよ。ただし、土の形を細かく作る技術は、土魔法を使う者に習った方がいい」
出来ることと、出来ないことを分けて答えた。
何でも教えられると言われるより良かった。
全員で椅子へ座る。
ベルタの向かいに、私達が並んだ。
イナは私の足元へ伏せる。
ギルドマスターは少し離れた場所に座った。
面接が始まる。
「研究所と関係ある?」
私が聞く。
「ない」
「昔も?」
「ない」
「領主は?」
「依頼を受けたことはある。雇われてはいない」
「貴族は?」
「同じだ。護衛や討伐の依頼を受けたことはある」
「研究所から依頼されたことは?」
「ない」
ベルタは一つずつ答える。
苛立たない。
「弟子の魔力を調べる?」
「調べる」
サラの肩が動いた。
ベルタはそれに気付く。
「何が使えるか。どれくらい使えば疲れるか。それを知らずに教える方が危ない」
「道具は?」
「最初は使わない」
「薬は?」
「使わない」
「体を縛る?」
ベルタの眉が動いた。
「何があった?」
「質問に答えて」
少し間が空く。
「縛らない。暴走して本人や周りが危険な時は、動きを止めることがある。その場合も、縄で縛って放っておくような真似はしない」
「閉じ込める?」
「しない」
「嫌がっても使わせる?」
「使わせない。ただし、怖いから使わないと言う子には、使わずに制御できるのか考えさせる」
サラがベルタを見る。
「使いたくない」
ベルタもサラを見る。
「昨日も使ったかい?」
「モグル、出した」
「出せるなら、次も出る。驚いた時や怒った時に、勝手に土が動くかもしれない。それでも何も覚えたくない?」
サラが黙った。
嫌だとすぐには言わなかった。
「怖いなら、小さく使うところから始める。止めたくなったら止める。それでも嫌なら、その日は終わりだ」
「怒らない?」
「怒って魔力が扱えるようになるなら、いくらでも怒るよ。ならないから怒らない」
サラは少し考え、頷いた。
ベルタが今度はルークを見る。
「火を見せてもらえるかい?」
ルークが私を見る。
「ここで?」
私が床を見る。
石だった。
壁も石。
でも、机と椅子は木だった。
燃える。
ギルドマスターが立ち上がる。
「訓練場へ行け」
外にあるらしい。
全員で移動する。
ギルドの裏に、石壁で囲まれた広場があった。
地面には砂が敷かれている。
端に的。
木で作った人の形。
剣や弓の練習に使う場所だった。
今日は誰もいない。
ベルタが広場の中央へ立つ。
ルークを少し離れた場所へ呼んだ。
「普段通りの火を出してみな」
ルークが片手を前へ出す。
手のひらの上に、小さな火が出た。
パン屋の窯へ火を入れる時より小さい。
明かりに使うくらいだった。
ベルタが近付く。
火を見る。
ルークの顔を見る。
「熱くないかい?」
「平気」
「その大きさで、どれくらい保てる?」
「分からない」
「疲れる前に消せる?」
「消せる」
「やってみな」
ルークが火を消す。
ベルタは地面へしゃがんだ。
砂の上に円を描く。
「次は、この中だけを温めるつもりで火を出せ」
「燃やすの?」
「燃やさない。温めるだけだ」
ルークが円を見る。
手を向ける。
火が出た。
円の中心へ落ちる。
砂の上で揺れる。
ベルタが手を近付ける。
「強い。もっと小さく」
火が縮む。
「まだ強い」
さらに縮む。
消えた。
ルークの顔が下がる。
「失敗した」
「消せた」
ベルタが言う。
「大きくするより、小さくする方が難しい。今のは失敗じゃない」
もう一度。
今度は最初から小さな火が出た。
さっきより長く保つ。
ベルタは少しずつ指示を出した。
右へ。
左へ。
弱く。
止める。
ルークは全部やった。
時々、火が大きくなる。
円から外れそうになる。
その前に消す。
五回目で、ベルタが止めた。
「今日はここまでだ」
「まだできる」
「できるうちにやめる。倒れてからじゃ遅い」
私と同じだった。
ルークは不満そうだったが、火を出さなかった。
次はサラ。
ベルタが砂の上に、小さな丸を描く。
「この中の砂を盛り上げられるかい?」
「モグル?」
「何でもいいよ」
サラは丸を見る。
手を伸ばす。
砂が動いた。
少しずつ盛り上がる。
小さな山になる。
「止めて」
砂の動きが止まる。
「戻して」
山が崩れる。
元通りにはならない。
でも、丸の中には収まっていた。
ベルタが砂へ触る。
指で崩し、硬さを見る。
「誰に教わった?」
サラが私を指した。
ベルタがこちらを見る。
「土魔法を使えるのかい?」
「使えない」
ベルタがギルドマスターを見る。
ギルドマスターは黙って首を横に振った。
前にも同じ顔をされた。
「モグルを想像した」
「それで教えたのか」
「動いた」
「動いたね」
ベルタは砂の山を見る。
否定しなかった。
「悪くない。何を起こしたいのか、本人が分かる形にしたんだろう」
褒められた。
多分。
私のラノベ脳が認められた。
少し嬉しい。
「ただし」
続きがあった。
「大きなモグルは出させるな。今の力なら、本人が止められる範囲を超える」
「ニコくらいは?」
「誰だい」
ニコが手を上げる。
ベルタがニコを見る。
「大きすぎる」
やはり駄目だった。
サラが残念そうだった。
練習は終わった。
部屋へ戻る。
今度はベルタが質問する番だった。
「二人は、何をしたい?」
ルークが先に答える。
「冒険者になりたい。でも、魔法もちゃんと覚えたい」
「冒険者になって、何をする?」
ルークが止まる。
そこまでは考えていなかったらしい。
「森へ行く。採集する。魔物が出たら戦う」
「火魔法を使って?」
「うん」
「森で?」
ルークが黙った。
森で火。
危ない。
私でも分かる。
「燃えるね」
ルークが小さく言う。
「燃えるよ。だから、火を出す技術より、燃やさない技術を先に覚えな」
ルークが頷いた。
「冒険者になるなとは言わない?」
「私も冒険者だったからね。ただ、八歳でなる必要はない」
良かった。
この世界でも八歳は早いらしい。
サラは、まだ何になりたいか分からないと答えた。
ベルタは、それでいいと言った。
「教える場所は?」
私が聞く。
「私が暮らしている町だ」
「住み込み?」
「弟子の多くはね」
「二人だけでは行かせない」
「そうだろうね」
ベルタは全員を見た。
もう分かっていたらしい。
「だから、すぐに連れて帰るつもりはないよ」
「じゃあ、どうする?」
「私は十日ほど、この町にいる。ギルドの依頼も受けているからね。その間、毎日一刻ずつ二人を見る」
「試すの?」
「私を試すんだろう?」
分かっていた。
「二人も、私の教え方を見ればいい。合わないと思えば断りな」
「ベルタも断る?」
「ああ。言うことを何も聞かない子や、魔法で人を傷つけて喜ぶ子は教えない」
それは仕方ない。
ルークとサラは違う。
多分。
「お金は?」
「十日間はギルドから出る。確認のために呼ばれたからね。その後は、続けると決めてから話す」
ギルドマスターを見る。
頷いた。
「泊まる場所は?」
「ギルドの宿舎だ」
「森の家へ来る?」
「最初から家の場所を教えるのかい?」
来させるつもりで聞いた。
でも、言われると少し困る。
知らない人だった。
今日会ったばかり。
「十日後に決める」
「それがいい」
ベルタは急がなかった。
家を見たいとも言わない。
二人をすぐに連れて行こうともしない。
今日見た限りでは、悪くなかった。
でも、今日だけでは分からない。
三年前もそうだった。
言葉より、毎日の行動を見る。
カイルが手を上げた。
「質問していい?」
「どうぞ」
「弟子を働かせる?」
「薪を運ぶ。水を汲む。自分が使う場所を掃除する。それくらいはさせる」
「先生の仕事は?」
「手伝わせない」
ミラも聞く。
「怪我をしたら?」
「私が手当てする。手に負えなければ薬師へ連れて行く」
ニコも手を上げる。
「教えた弟子は何人ですか?」
「今いるのは三人。これまで教えたのは十一人だ」
「途中で辞めた人は?」
「四人」
「何で?」
ベルタは一人ずつ説明した。
家業を継いだ者。
別の師匠を選んだ者。
魔法を仕事にしなかった者。
ベルタと合わなかった者。
隠さなかった。
ニコはまだ聞こうとしたが、止めた。
十日ある。
全部、今日聞く必要はない。
ベルタが私を見る。
「他には?」
考える。
まだある。
食事。
寝る場所。
休み。
弟子の生活。
会いに行けるか。
辞めたい時に辞められるか。
聞くことは多い。
でも、今日は最初の日だった。
「明日も聞く」
ベルタが笑った。
「分かったよ」
面接は終わった。
採用ではない。
明日から十日間。
先生候補の試用期間が始まる。




