第38章 ⑦
カイルは商人の店へ通い始めた。
ミラはエマの仕事場へ。
ニコは週に三日、ギルドの書記から文字と計算を教わっている。
朝、三人を見送る日が増えた。
帰りは一緒だった。
カイルが先に仕事を終えると、商人の店で帳簿を読む。
ミラが先なら、エマのところで課題を進める。
ニコの勉強が終わるまで、二人とも待っていた。
暗くなる前に帰る。
約束は守られている。
最初の数日は、私も町まで付いて行った。
仕事場へ入る。
勉強する部屋を見る。
帰る時間を確かめる。
三人から、もう大丈夫だと言われた。
過保護らしい。
この世界では。
でも十三歳と十一歳と六歳だった。
現代なら、中学生と小学生。
心配して何が悪い。
それでも、毎日付いて行くのはやめた。
三人とも、自分で決めて始めた。
困れば帰ってくる。
多分。
森の家に残るのは、私とルークとサラ。
イナもいる。
三人が町にいる間、サラは土魔法の練習をした。
何も植えていない場所。
一日に三回まで。
小さな土の山を作る。
戻す。
最初はモグラだった。
今はモグルになった。
ルークが森で見つけてきた。
地球のモグラより大きい。
ニコくらいある。
爪も大きい。
初めて見た時は魔物だと思った。
地面から顔を出したモグルは、私達を見る。
私達も見る。
しばらく見つめ合った後、土の中へ戻った。
サラは喜んだ。
本当にいた。
呼び名は少し違った。
でも、だいたい合っていた。
私のラノベ知識も、時々役に立つ。
サラの作る土の山は、モグルの頭から背中になった。
「大きくしすぎない」
「これくらい?」
「ニコくらい」
「本物と同じ」
「まだ駄目」
土の量が多い。
疲れるかもしれない。
サラは不満そうだったが、山を小さくした。
自分で出す。
自分で戻す。
怖がることはなくなった。
それだけでも良かった。
ルークも隣で火を出す。
小さな火。
少し大きな火。
細い火。
丸い火。
パン屋の窯で使っていた頃から、火の強さは変えられた。
でも、誰かに説明するために使ったことはない。
「どうやってる?」
私が聞くと、ルークは火を消した。
「分からない」
「大きくする時は?」
「大きくする」
「小さくする時は?」
「小さくする」
説明になっていない。
私のモグルと同じだった。
自分には分かる。
人には分からない。
きちんと教えられる人が必要だった。
ギルドマスターからの連絡は、まだ来ていない。
元冒険者。
今は弟子を取り、魔法を教えている人。
研究所とは関係がない。
それしか聞いていなかった。
「返事、来るかな」
ルークが火を消しながら言う。
「来ると思う」
「断られるかも」
「その時は、別の人を探す」
「いなかったら?」
「また探す」
いなければ終わりではない。
探す場所を変える。
遠くまで行く。
商人にも聞く。
吟遊詩人に頼むこともできる。
多分、見つかる。
「会ったら、すぐ弟子になるの?」
サラが聞く。
「会ってから決める」
教える人が決める。
ルークとサラも決める。
私も見る。
怖い人ならやめる。
子供を研究体と呼ぶ人なら、もっとやめる。
「弟子になったら、森の家から出る?」
ルークが聞いた。
聞きたいのは、それだったらしい。
「場所による」
「この町じゃないんだよね」
「うん」
元冒険者がいるのは、別の町。
歩いて毎日通える距離ではない。
弟子になるなら、その人のいる場所で暮らすことになるかもしれない。
ルークは八歳。
サラは六歳。
早い。
この世界では、そうでもないのかもしれない。
でも、私には早かった。
「二人だけでは行かせない」
私が言うと、ルークが私を見る。
「じゃあ、どうするの?」
「私も行く」
「家は?」
家にはカイルとミラとニコがいる。
畑もある。
イナもいる。
全員で移るのは難しい。
だから。
「まだ決めない」
会っていない。
教えると言われてもいない。
悩むのは、その後だった。
ルークは少し考え、頷いた。
その日の夕方。
三人が町から戻ってきた。
カイルは布の袋を持っている。
中には、売れ残ったパンが入っていた。
商人からもらったらしい。
ミラは糸の束。
エマに、練習用として渡された。
ニコは紙を抱えていた。
宿題だった。
楽しそうだった。
私には理解できない。
「ギルドマスターから」
カイルが懐から紙を出した。
折り畳まれている。
封はされていない。
私へ渡す。
開く。
字が多い。
読む。
途中で分からない言葉が出た。
ニコが横から見る。
「そこは、訪問するって意味」
今日覚えたらしい。
役に立つのが早い。
もう一度、最初から読む。
元冒険者から返事が来た。
ルークとサラの話を聞き、会ってみてもいいと言っている。
ただし、弟子にするかは会った後で決める。
こちらも、教わるかどうかを会った後で決めていい。
そこまでは良かった。
最後に日付が書いてある。
十日後。
向こうから、この町へ来る。
私は紙を見直した。
「来るの?」
ルークが聞く。
「うん」
「ここに?」
「町まで」
森の家ではない。
まずはギルドで会う。
相手も、私達がどんな人間か分からない。
家の場所を教えないのは正しい。
多分。
サラが私の服を掴む。
「怖い人?」
「分からない」
「研究所の人?」
「違うって」
「本当に?」
「会って確かめる」
サラは紙を見る。
字はまだ全部読めない。
でも、自分のことが書かれているとは分かるらしい。
ルークも覗き込む。
「何を聞かれるかな」
「魔法のこと」
「他は?」
「何になりたいか」
ルークが黙った。
まだ決まっていない。
冒険者になりたい。
魔法も学びたい。
両方できると、ギルドマスターは言った。
簡単ではないとも言った。
「決まってないって言えばいい」
「それで断られたら?」
「別の人を探す」
また同じ答えになった。
ルークは少し笑う。
「ずっと探すの?」
「見つかるまで」
「大変だよ」
「そうだね」
大変でも仕方ない。
知らない人へ、二人を預けるかもしれない。
簡単に決める方が怖かった。
カイルが紙を読む。
ミラも横から見る。
ニコはもう読んでいた。
「僕達も行く?」
ニコが聞く。
「行く」
全員だった。
「仕事は?」
カイルが聞く。
「休む」
「始めたばかりなんだけど」
「家族の面接」
三年前にもあった。
赤ちゃんを任せる夫婦と会った時。
全員で町へ行った。
面接官が多かった。
今回も同じ。
教える人が、ルークとサラを見る。
私達も、その人を見る。
「休みを聞いてくる」
カイルが言った。
ミラも頷く。
ニコは書記の女へ伝えるらしい。
イナには聞かない。
来る。
決まっている。
サラが紙から顔を上げた。
「モグル、見せる?」
「町では土を出さない」
「小さいのも?」
「ギルドの床が壊れる」
土がない。
石の床だった。
サラは残念そうにする。
何を見せるかは、相手が来てから考えればいい。
ルークも火を出さない。
ギルドが燃える。
多分、外で見る。
夕食を食べながら、十日後の話をした。
どんな人か。
何歳か。
男か女か。
何の魔法を使うのか。
何も知らない。
ギルドマスターへ聞けば良かった。
忘れていた。
でも、十日待てば分かる。
カイルの仕事が決まった。
ミラの仕事も決まった。
ニコは勉強を始めた。
残っているのは、ルークとサラ。
二人の道を教えられるかもしれない人が、こちらへ向かっている。
まだ何も決まっていない。
だから、会う。
十日後。
今度は、こちらが面接する番だった。




