第38章 ⑤
次はミラだった。
カイルの話が決まった次の日。
また町へ来た。
今日はミラと二人。
カイルは商人の店にいる。
見習い一日目。
朝から少し緊張していた。
弁当は持たせた。
中身は、肉を挟んだパン。
野菜。
小さく切ったカルト芋。
足りると思う。
ルークとサラは、今日は魔法の練習を休む。
ニコとイナと留守番だった。
昼過ぎには戻る。
モグラは出さないように言った。
サラは少し残念そうだった。
エマの仕事場は、ハンスの家具工房の隣にある。
家とも繋がっている。
何度も来た場所だった。
戸を開ける。
布が並んでいる。
色ごと。
厚さごと。
使うものと、まだ使わないもの。
私には違いが分からない。
エマには分かるらしい。
机の上には、途中まで縫われた服が置かれていた。
壁には糸。
針。
鋏。
測るための紐。
道具が多い。
でも、商人の店よりは片付いている。
エマが奥から出てきた。
私達を見る。
それから、ミラが抱えている布の包みを見る。
「できたの?」
ミラが頷く。
包みを机へ置く。
中から服を出す。
昨日、持ち帰っていたものだった。
袖が付いている。
左右に。
服だから当然だった。
でも、ミラが付けた。
エマは服を広げる。
表を見る。
裏返す。
縫い目を見る。
袖を引く。
指で布をなぞる。
ミラは黙って立っている。
緊張しているらしい。
私も見る。
何が良くて、何が悪いのか分からない。
袖は付いている。
取れそうにもない。
大丈夫だと思う。
エマが片方の袖を指した。
「ここ、少し詰まっている」
ミラが近付く。
「どこですか?」
「この辺。縫う時に布を引いたでしょう」
「少しだけ」
「着た時に肩が引っ張られる。縫い直しね」
ミラの顔が少し下がる。
エマは反対側を見る。
「こっちは綺麗。印もずれていない」
今度は少しだけ顔が上がった。
「初めて袖を付けたなら、十分よ」
ミラが息を吐く。
私も吐いた。
何もしていない。
でも緊張した。
エマが私を見る。
「今日は、これを見せに来ただけではないでしょう?」
分かっていたらしい。
私はミラを見る。
また、自分で言う話だった。
ミラは一度、手を握る。
すぐに開いた。
「ここで働きたいです」
エマが静かに聞く。
「手伝いではなく?」
「はい。弟子になって、服を作れるようになりたいです」
エマはすぐには答えなかった。
ミラを見る。
机の服を見る。
もう一度ミラを見る。
「前にも聞いたけれど、本当に裁縫職人になりたいの?」
「なりたいです」
「服を縫うだけではないわよ」
「分かっています」
「朝から一日中、同じところを縫うこともある。糸を解いて、全部やり直すこともある。布を切り間違えれば、元には戻せない」
ミラが頷く。
「お客さんに、作り直せと言われることもある。頼まれた形と、似合う形が違うこともある。それでも、頼まれたものを作らなければならない時もある」
「はい」
「綺麗な服だけではない。仕事着。下着。破れた服。汚れた服も触る」
「はい」
返事は変わらなかった。
エマの表情が少し柔らかくなる。
「なら、教えます」
ミラが顔を上げる。
「いいんですか?」
「そのつもりがなければ、布の裁ち方まで教えないわ」
同じだった。
商人も帳簿を渡していた。
エマも、前からミラを弟子にするつもりで教えていた。
本人だけが知らなかったのだろうか。
多分、知っていた。
でも、言葉にするまで待っていた。
「条件は?」
私が言う。
エマが私を見る。
少し笑った。
「商人さんから聞きました」
早い。
昨日の話だった。
もう伝わっている。
「小さい文字は使いません」
先に言われた。
良かった。
「最初の一年は見習いです。朝から昼過ぎまで。週に一日は休み。家から通える時間に終わらせます」
カイルと同じだった。
「何する?」
私が聞く。
「掃除。道具の手入れ。糸や布の整理。簡単な繕い物。それから、縫い方と布の裁ち方を教えます」
「服は?」
ミラが聞く。
「すぐに一着任せることはできないわ。まずは、まっすぐ縫うこと。寸法を測ること。型を写すこと」
「今もやっています」
「今より正確にできるようにするの」
ミラは黙った。
まだ足りないらしい。
でも、嫌そうではなかった。
「お金は?」
私が聞く。
「見習いの間は、一日鉄貨六枚です。昼食はこちらで出します」
商人より少ない。
仕事が違う。
教えてもらう時間もある。
それでも、普通なのか分からない。
「普通?」
「裁縫の見習いとしては多い方です」
同じ答えだった。
皆、自分で言う。
「ギルドで聞く」
「はい。確認して下さい」
止めなかった。
なら、聞く。
カイルと同じだった。
「針で怪我したら?」
私が聞く。
エマが机の上の針を見る。
「小さな怪我なら、ここで手当てします。深く刺したり、鋏で切ったりした場合は薬師へ連れて行きます」
「布を切り間違えたら?」
ミラの肩が少し動く。
「最初は、私が確認してから切らせます。それでも間違えた場合、故意でなければ弁償させません」
「高い布も?」
「見習いに高い布を一人で切らせません」
正しかった。
「お客さんに怒られたら?」
「私が対応します」
「ミラが悪かったら?」
「本人にも説明させます。でも、一人では立たせません」
それでいい。
私は頷く。
エマが紙を用意する。
働く時間。
休日。
仕事の内容。
賃金。
昼食。
怪我をした場合。
布や道具を傷めた場合。
見習いの期間。
一年後に、仕事と賃金を改めて相談すること。
既に書く内容を考えていたらしい。
商人から聞いたのだろうか。
多分。
文字は普通の大きさだった。
小さい文字はない。
ミラが最初から最後まで読む。
私も読む。
分からないところはエマへ聞く。
全部答える。
紙を二枚作る。
エマとミラが名前を書く。
一枚は仕事場。
一枚はミラ。
同じ内容だった。
「いつから来られる?」
エマが聞く。
「明日から」
ミラはすぐに答えた。
「今日は?」
「今日は袖を直していきます」
もう働くつもりだった。
エマが笑う。
「今日は課題の続き。仕事は明日からね」
「はい」
ミラは椅子へ座る。
袖の縫い目を解き始めた。
細かい糸を一つずつ外す。
急がない。
布を傷めないように。
私は隣で見る。
すぐに暇になった。
何もすることがない。
エマが布を渡してくる。
「こちらを畳んでもらえますか?」
手伝う。
真っすぐに畳む。
つもりだった。
端が合わない。
やり直す。
もう一度。
ミラの方が早かった。
弟子になる前から、私より上手い。
やはり比べる相手が悪かった。
しばらくして、奥から子供が走ってきた。
赤ちゃんだった子。
もう赤ちゃんではない。
ミラの膝へ抱き付く。
ミラは針をすぐに机へ置いた。
子供の手が届かない場所。
それから抱き上げる。
慣れている。
三年前から、何度も会っていた。
エマが二人を見る。
「この子が仕事場へ入ってきた時は、最初に針と鋏を片付けること」
「はい」
弟子の最初の決まりだった。
大事だった。
昼になる。
ハンスも仕事場から戻ってきた。
皆で食事をするらしい。
机には、人数分の皿が並べられている。
ミラの分もあった。
当たり前のように置かれている。
エマが言った。
「ミラも一緒に食べましょう」
ミラが私を見る。
「食べてから帰る?」
「うん」
私は一人で帰る。
少し変だった。
いつも町へ来れば、一緒に帰っていた。
でも、明日からは毎日こうなる。
ミラには、ここで過ごす時間ができる。
「分かった」
それだけ言う。
邪魔をしても仕方ない。
家へ戻る。
夕方になれば、カイルとミラは二人で帰ってくる。
それなら安心だった。
帰る前に、ミラは縫い直した袖をエマへ見せる。
エマは裏を見る。
指で縫い目をなぞる。
今度は頷いた。
「これなら大丈夫」
ミラが笑った。
服を丁寧に畳む。
紙と一緒に布の包みへ入れる。
「嬉しい?」
聞く。
「うん」
「裁縫職人になった?」
「まだ見習い」
同じだった。
「いつなる?」
「分からない」
「一年後?」
「そんなに早くないよ」
カイルと同じことを言われた。
職人になるには時間がかかるらしい。
でも、道には入った。
明日から、カイルとミラは二人で町へ通う。
帰る時間も同じくらいだった。
ミラはエマ達と昼を食べる。
弁当はカイルの分だけ。
カイルは商人見習い。
ミラは裁縫職人の見習い。
二人目が決まった。




