第38章 ④
カイルと町へ来た。
二人だけだった。
珍しい。
ルークとサラは、家で魔法の練習をする。
モグラを出す。
帰す。
それだけ。
無理はしないように言った。
ミラが見ている。
ニコもいる。
イナも残した。
多分、大丈夫。
今日はカイルの話だった。
商人の店へ入る。
店の中には籠が並んでいる。
布。
鍋。
瓶。
袋。
いつ来ても物が多い。
商人は机で帳簿を見ていた。
顔を上げる。
私を見る。
カイルを見る。
もう一度、私を見る。
「何だ」
「話」
商人が嫌そうな顔をした。
失礼だった。
まだ何も言っていない。
「座れ」
奥へ通される。
椅子へ座る。
カイルも隣に座った。
商人は向かいへ座る。
「それで?」
私はカイルを見る。
自分で言う話だった。
カイルが背筋を伸ばす。
「ここで働きたい」
商人は驚かなかった。
「そうか」
それだけだった。
話が早い。
早すぎる。
「知ってた?」
私が聞く。
「三年も店へ通っている」
「手伝い」
「遊びに来ていたと思っていたのか?」
少し。
でも、荷物を運ぶだけではなかった。
商品の数を確認する。
届いた荷物と紙を比べる。
古い帳簿を持ち帰る。
商人は、最初から教えていたらしい。
「いつから?」
「本人が商売に興味を持っていると気付いてからだ」
「いつ?」
「二年ほど前だな」
長かった。
私は知らなかった。
「言って」
「本人が決めることだ」
正しかった。
少し悔しい。
商人がカイルを見る。
「何になりたい」
「商人」
「商人にも色々ある」
「分かってる」
「店を持つのか。商団へ入るのか。町と町の間を歩くのか。物を作る者と売る者を繋ぐのか」
カイルが少し黙る。
「まだ、決めてない」
「なら、ここで覚えろ」
商人はすぐに言った。
カイルが顔を上げる。
「いいの?」
「駄目なら、帳簿を渡していない」
やはり、最初からそのつもりだった。
私は商人を見る。
信用はしている。
多分。
でも、仕事は別だった。
「条件」
商人が私を見る。
「何だ」
「働く時間。休み。お金。何をするか」
「お前が働くのか?」
「カイル」
「なら、本人に聞かせろ」
それも正しかった。
商人がカイルへ向き直る。
「最初の一年は見習いだ。朝から昼過ぎまで店で働く。週に一日は休み。森へ帰る時間は確保する」
朝から昼過ぎ。
暗くなる前には帰れる。
「仕事は?」
カイルが聞いた。
「荷物の受け取り。商品の確認。店の掃除。配達。帳簿の書き写し。市場の値段を見ること」
「仕入れは?」
「まだ早い」
「いつから?」
「品物と値段を覚えてからだ」
カイルが頷く。
真面目な顔だった。
「給料」
私が聞く。
商人が溜息を吐く。
「今から言う」
言う前に聞いただけだった。
「見習いの間は、食事付きで一日鉄貨八枚」
私は通貨を考える。
安いのか。
高いのか。
分からない。
商人を見る。
「普通?」
「見習いなら多い方だ」
自分で言った。
信用できない。
「ギルドで聞く」
「好きにしろ」
止めなかった。
なら、多分大丈夫。
でも聞く。
絶対だった。
カイルが商人を見る。
「食事はいらない。その分、金でもらえる?」
商人の眉が少し上がる。
「何故だ」
「弁当を持ってくる」
私を見る。
弁当。
作る人。
私だった。
聞いていない。
でも、作れる。
多分。
「食事を出さないなら、鉄貨二枚を足す」
「十枚?」
「ああ」
カイルは少し考える。
「分かった」
決めるのが早い。
「待って」
二人が私を見る。
「怪我」
商人が腕を組む。
「仕事中の怪我は、こちらで薬師に診せる」
「荷物壊したら?」
「故意でなければ、カイルに払わせない」
「失くしたら?」
「事情を確認する」
「町の外へ行く?」
「見習いの間は行かせない」
「重い物は?」
「持てる範囲だ」
「小さい文字」
商人の顔が引きつった。
「ない」
「紙」
「用意する」
「読む」
「好きにしろ」
前に小さい文字の契約書があった。
忘れていない。
商人が作ったものではない。
でも、紙は読む。
全部。
カイルが少し恥ずかしそうだった。
何故だろう。
大事だった。
商人が机の引き出しを開ける。
紙を一枚出す。
まだ何も書いていない。
「正式に働くなら、ギルドへ届ける。見習いとして雇った記録も残す」
「いつから?」
カイルが聞く。
「お前が決めろ」
カイルは私を見る。
許可を待っている。
十三歳。
この世界では、働き始めてもおかしくない年齢らしい。
三年前から店を手伝っている。
商人も、カイルを見ていた。
仕事を教えていた。
家から通える。
夕方までには帰る。
休みもある。
今のところ、止める理由はなかった。
「やりたい?」
カイルが頷く。
「やりたい」
「なら、いいよ」
カイルの顔が緩んだ。
子供と言うと嫌がる。
でも、今はまだ子供に見えた。
商人が紙へ条件を書き始める。
私は横から見る。
文字は普通の大きさだった。
良かった。
働く時間。
仕事の内容。
一日の賃金。
休日。
怪我をした場合。
見習い期間。
一つずつ書かれていく。
「一年後は?」
私が聞く。
商人の手が止まる。
「働きぶりを見て決める」
「給料上がる?」
「普通ならな」
「紙に書く」
商人が私を見る。
「一年後の働きぶりも分からないのに、金額を決められるか」
「話し合うって書く」
商人はしばらく私を見た。
それから、紙へ一行足した。
一年後、仕事の内容と賃金を改めて相談する。
それでいい。
多分。
カイルも紙を読む。
ゆっくり。
分からない言葉は商人へ聞く。
商人は全部答えた。
最後に、カイルが名前を書く。
商人も書く。
私は書かない。
雇われるのはカイルだった。
でも、見届ける。
紙は二枚作る。
一枚は店。
一枚はカイル。
同じ内容だった。
小さい文字もない。
カイルは自分の紙を丁寧に畳んだ。
「明日から来い」
商人が言う。
「うん」
「遅れるな」
「分かってる」
「帳簿だけ見て、店を放っておくな」
「分かってる」
「分からないことを、勝手に決めるな」
カイルが少し止まる。
「聞く」
「そうしろ」
商人は頷いた。
話は終わった。
店を出る。
カイルは私の隣を歩く。
いつもより少し速い。
「嬉しい?」
聞く。
「うん」
「商人になった?」
「まだ見習い」
「いつなる?」
「分からない」
「一年後?」
「そんなに早くない」
そうらしい。
でも、道には入った。
家へ帰れば、明日の弁当を考える必要がある。
一人分増える。
違う。
今までも一緒に食べていた。
入れ物が増えるだけだった。
多分。
カイルの紙を見る。
商人見習い。
仕事。
給料。
休み。
全部書いてある。
一人目。
決まった。




