閑話 声明
王都から声明が出た。
最初に読み上げられたのは、王城前の広場だった。
王家の紋章が入った紙を、役人が両手で持っている。
その前には、多くの人が集まっていた。
商人。
職人。
子供を持つ親。
研究所へ子供を渡した者。
返してほしいと訴え続けた者。
何が起きたのか知りたいだけの者もいた。
兵士が広場を囲んでいる。
騒ぎを警戒しているらしい。
役人が一歩前へ出た。
紙を開く。
「このたび、国内の研究所において、定められた規則を逸脱した研究及び、不適切な児童の受け入れが行われていたことが確認された」
広場がざわめく。
役人は止まらない。
「調査の結果、一部の責任者及び研究員が、正式な手続きを経ずに研究計画を変更し、対象者の安全を損なう行為を行っていたことが判明した」
一部。
責任者。
研究員。
誰かが笑った。
面白かったわけではない。
乾いた声だった。
役人は紙から目を上げない。
「国はこれを重大な規則違反と認め、関係者の拘束及び職務停止を命じた。また、中央研究所を含む全研究所への監査を実施し、安全が確認されるまで、新たな児童の受け入れを停止する」
今度は、別の声が上がった。
「停止だけか!」
兵士が声の方を見る。
役人は少し間を置いた。
それから続きを読み始める。
「今後、保護者から金銭を伴って児童を受け入れることを禁止する。既に研究所内で生活している児童については、本人の安全を最優先とし、家族及び保護を希望する者の確認を行う」
「家族が売ったんだぞ!」
先ほどとは違う場所から声が飛んだ。
「そこへ戻すのか!」
今度は役人が顔を上げた。
広場を見る。
手元の紙にはない説明をするか迷ったらしい。
やがて、紙の下の方へ視線を移した。
「引き渡しは、生活状況と本人の安全を確認したうえで決定する。生みの親であることのみを理由に、直ちに戻すものではない」
ざわめきが少し弱くなった。
完全には消えない。
役人が続ける。
「研究所で行われた行為により、身体または魔力に影響を受けた者には、治療と経過確認を行う。研究所を離れた後も必要な支援を継続する」
補償についても読み上げられた。
研究を受けた子供。
薬を投与された子供。
研究所で亡くなった子供の家族。
現在、子供を保護している者。
それぞれに調査を行い、補償金または養育費を支給する。
申請は各地のギルドで受け付ける。
文字を読めない者には、役人が内容を説明する。
必要な記録が研究所で失われている場合も、証言を含めて調査する。
全てが終わるまで、時間がかかることも付け加えられた。
最後に、国は再発防止へ努めると約束した。
研究所の運営方法を見直す。
監査の回数を増やす。
児童の受け入れには、複数の機関による確認を必要とする。
研究計画の変更を、研究所だけで決定できないようにする。
役人は紙を閉じた。
声明は終わった。
誰も拍手をしなかった。
広場の隅で、女が泣いていた。
研究所へ連れて行かれた息子が、生きているのか分からないらしい。
隣にいた男が肩を抱いている。
別の場所では、二人の男が話していた。
「不適切な受け入れだと」
「売買だろう」
「規則を逸脱した研究だと」
「子供に薬を入れたんだろう」
「一部の責任者らしい」
「中央から指示が来ていたという話は、どこへ消えた」
小さな声だった。
でも、同じことを考えている者は多かった。
声明は、その日のうちに各地へ送られた。
町の広場。
ギルド。
市場。
村の集会所。
王家の紋章が入った同じ紙を、役人が読み上げる。
少し離れた町でも。
山を越えた村でも。
港の酒場でも。
聞く者の反応は似ていた。
研究所がしていたことを、国が認めた。
それは大きかった。
今まで、子供を返してほしいと訴えても、正式な施設だと言われて終わっていた。
研究のため。
国のため。
子供の将来のため。
そう説明されていた。
もう、それだけでは押し返せない。
一方で、声明に書かれていないことも多かった。
誰が研究計画を作ったのか。
誰が投与量を決めたのか。
地方研究所へ指示を送ったのは誰か。
中央研究所は、どこまで知っていたのか。
国は、いつから知っていたのか。
声明は、不正があったことを認めた。
だが、不正がどこから始まったのかは書かなかった。
森に近い町でも、声明が読み上げられた。
ギルド前には、多くの人が集まっている。
商人もいた。
五人の子供を育てた女もいる。
ハンスとエマは、娘を抱いて聞いていた。
女の腕の中で、子供は眠っている。
自分についての声明だとは知らない。
読み上げが終わると、役人が補償の申請について説明した。
ハンスは紙を受け取る。
エマが聞いた。
「この子も対象になるんですか?」
「研究所の記録に受け入れの記載があれば、対象となります」
「記録はあります」
商人が横から答えた。
「俺が確認した」
役人が商人を見る。
見覚えがあったらしい。
少しだけ顔を引きつらせた。
研究所から大量の記録を運び出した商人だった。
ギルドマスターと一緒に、何度も役人へ確認を求めた男でもある。
「では、必要な書類を確認します」
役人は丁寧に答えた。
ハンスは補償の紙を見る。
それから、腕の中の子供を見た。
「この金は、この子のために使います」
「そうして下さい」
役人が言った。
少し離れたところでは、研究所から引き取られた子供達が集まっていた。
町で暮らし始めた子。
別の村へ移った子。
まだ保護先が決まらず、ギルドが用意した場所で生活している子もいる。
全員の行き先が決まったわけではない。
治療が終わったわけでもない。
国が一枚の紙を出したから、全部が元へ戻るわけでもなかった。
それでも。
研究所が正しかったことには、ならなかった。
子供達が悪かったことにも、ならない。
少なくとも、それだけは国の言葉になった。
商人は声明の写しを受け取った。
最初から最後まで読む。
一度。
もう一度。
そして、紙の途中を指で叩いた。
「一部の責任者」
隣にいたギルドマスターが見る。
「そう書いてあるな」
「中央からの指示は?」
「書いていない」
「国の責任は?」
「書いていない」
商人の顔が険しくなる。
ギルドマスターは声明の写しを畳んだ。
「これで終わらせるつもりなんだろう」
「終わると思うか?」
ギルドマスターは広場を見る。
声明を聞いた人々が、まだ帰らずに話している。
中央から指示があった。
署名が消された。
複数の研究所で同じことが行われていた。
既に噂は広がっている。
一枚の紙で消せる範囲を越えていた。
「思わない」
ギルドマスターが答えた。
その日の夜。
王都の酒場では、声明について話す者がいた。
中央研究所のお偉いさんが処分されるらしい。
国は責任者を決めたらしい。
これで終わるらしい。
そんな話が、酒と一緒に席から席へ運ばれていく。
隅の席にいた吟遊詩人が、弦を一度鳴らした。
まだ歌わない。
ただ、客達の話を聞いていた。
一部の責任者。
中央のお偉いさん。
国は調べた。
国は処分した。
国は正した。
綺麗に並べられた言葉だった。
吟遊詩人は少し笑う。
弦をもう一度鳴らした。
声明は出た。
責任者も決まる。
あとは。
落ちたものが、本当に本体なのか。
それを歌えばよかった。




