第37章 ⑤
赤ちゃんが町で暮らし始めて、家の中が少し静かになった。
子供は五人いる。
犬もいる。
静かなはずはなかった。
でも、泣き声がしない。
夜中に起きることもない。
抱くために空けていた腕も使わない。
少し変だった。
サラも時々、赤ちゃんが寝ていた場所を見る。
ニコは柵の中に入って遊んでいた。
赤ちゃん用だった。
今は三歳児が入っている。
出るように言った。
イナも入った。
二人とも出した。
畑へ行く。
育っていた野菜を収穫する時期だった。
葉物は外側から使っていたけれど、残りも大きくなっている。
私が根元から抜く。
サラが籠へ入れる。
ニコも入れる。
一度入れたものを出す。
また入れる。
作業が増えた。
ミラは傷んだ葉を分けている。
カイルとルークは、空いた場所を耕した。
冬の間に作った畑。
最初は小さかった。
今は少し広がっている。
食べる人が多い。
広げないと足りない。
イナが柔らかくなった土へ足を入れた。
「駄目」
止まらない。
もう一歩入る。
カイルが抱えて出した。
土に足跡が残った。
埋め直す。
いつものことだった。
収穫した後の場所へ、次の野菜を植える。
カルト芋。
町で種芋を分けてもらった。
芽の出るところを残して切る。
切り口に灰をつけてある。
土へ置き、上から被せる。
サラが被せる。
多い。
芋が深く埋まった。
少し土を戻す。
次はカブ。
小さな種だった。
ニコには渡さない。
多分、全部同じ場所へ撒く。
サラとミラが少しずつ撒く。
土を薄く被せる。
ニンジンも同じだった。
種が細かい。
風で飛びそうになる。
私は手で風を避ける。
ルークが溝へ撒いていく。
カイルが土を戻す。
水をかける。
畑が濡れる。
終わった。
収穫した野菜の籠と、新しく植えた畑を見る。
少し減って。
また増える。
食べる。
植える。
育つ。
いつもの生活だった。
でも、家へ戻る途中で洞窟の入口が目に入った。
止まる。
入口は開いている。
戸も柵もない。
イナが先に入っていく。
サラとニコも続く。
私は入口を見る。
熊がいる森だった。
魔物もいる。
なのに、この洞窟には何も入ってこない。
小さなネズミは来た。
イナも来た。
でも、私達を襲うものは一度も入ってこなかった。
熊なら、冬眠する場所に選んでもおかしくない。
雨も風も入らない。
奥は広い。
人が住める。
熊も住める。
多分。
でも、いなかった。
ルークとサラが来た時から、ずっと空いていた。
変だと今さら気付いた。
遅い。
でも、異世界だったから。
安全な洞窟もある。
そんなものだと思っていた。
ラノベにも、安全な拠点は必要だった。
私は畑の籠を置く。
「もう一度、見る」
カイルが洞窟の奥を見る。
「何を?」
「全部」
ルークが私を見る。
何か分かったらしい。
「赤ちゃんが来たから?」
「うん」
ルークとサラは、王都の研究所からここへ来た。
赤ちゃんは別の研究所から来た。
同じ場所へ。
偶然ではない。
ここに、何かある。
家を建てる前にも洞窟は調べた。
でも、その時は住める場所を探していただけだった。
水が入らないか。
崩れそうではないか。
危ないものがないか。
それしか見ていない。
今度は違う。
何故、ここなのか。
それを探す。
明かりを持って、生活広場から奥へ進む。
何度も歩いた場所だった。
中央の広場。
左の広場。
ベランダのようになった場所。
湿った部屋。
崩れて行き止まりになった部屋。
何も変わっていない。
壁は岩。
床も岩。
天井も岩だった。
ミラが壁へ明かりを近付ける。
カイルが床を見る。
ルークは黙って先を歩く。
サラとニコも付いて来ようとした。
危ないので、生活広場へ戻した。
イナも一緒に残す。
イナだけは不満そうだった。
最後に、ルークの秘密の場所へ向かった。
前に教えてもらったベランダの奥。
短い通路の先にある。
その奥は崩れている。
石が積み重なり、先へ進めない。
前に見た時も同じだった。
危ないから触らなかった。
私は明かりを近付ける。
崩れた石を見る。
若干隙間がある。
風は来ない。
「この向こう、見たことある?」
ルークが首を横に振る。
「来た時から崩れてた」
「音は?」
「しない」
私は一番手前の石へ触れる。
動かせそうだった。
でも、下から取れば、上の石が落ちてくる。
考えずに壊すことはできない。
私は崩れた石の上を見る。
小さな石を一つ取る。
もう一つ。
上から少しずつ。
止まった。
石だと思っていたものの表面が、妙に平らだった。
自然に割れた岩とは違う。
角がある。
その隣にも、同じ高さで線が続いている。
カイルがしゃがむ。
「これ、削ってある?」
ルークも触る。
指で表面の埃を落とす。
平らな面が広がった。
石を積んだ壁。
多分。
洞窟の中に、誰かが壁を造った。
違う。
私は後ろを見る。
短い通路。
その先の広場。
幾つも分かれた部屋。
今まで、自然にできたと思っていた。
本当に?
壁へ明かりを向ける。
岩にしか見えない。
でも、長い時間に覆われているだけかもしれない。
ここは洞窟だった。
多分。
でも、ただの洞窟ではなかった。
「今日は終わり」
私が言うと、カイルが壁から手を離した。
ルークは、まだ平らな石を見ている。
「開けないの?」
「準備してから」
崩れたら困る。
支える木もいる。
石を運ぶ道具もいる。
商人にも聞く。
出来れば、建物を知っている人にも見てもらう。
無理はしない。
家だから。
私達は来た道を戻る。
途中の壁を触った。
冷たい。
普通の岩に見える。
今までは、それで終わっていた。
でも、一度気付くと違って見えた。
何も入ってこない洞窟。
二度、子供が運ばれてきた場所。
崩れた先にある、造られた壁。
外へ出る。
畑には、さっき植えたばかりの土が並んでいる。
その向こうに家がある。
私は振り返った。
ずっと洞窟だと思っていた。
違うのかもしれない。
ここは、誰かが造った場所だった。




