第37章 ③
翌日、私は赤ちゃんを抱いて町へ来た。
一人ではない。
ルークもいる。
ミラもいる。
サラとニコも付いて来た。
カイルも来た。
イナもいる。
全員だった。
面接だから。
商人の店へ入る。
奥の部屋に、この間の女がいた。
その隣に、男と女が座っている。
二人とも服が綺麗だった。
新しい服ではない。
でも、丁寧に洗ってある。
女の髪もきちんと結われていた。
男の背筋も伸びている。
緊張しているらしい。
私達が入ると、二人は立ち上がった。
女が赤ちゃんを見る。
目が少し大きくなる。
でも、すぐに近付いては来なかった。
「初めまして」
男が頭を下げる。
女も下げた。
私も下げる。
サラとニコも真似をした。
商人が椅子を出すが全員分は無い。
私と夫婦が座る。
子供達は壁際に並んだ。
面接官が増えた。
夫婦がもっと緊張した。
「俺は外にいる」
商人が言う。
「いて」
私は止めた。
商人が嫌そうな顔をする。
でも座った。
五人育てた女も残る。
これで面接官は多分、八人と一匹。
多いが仕方ない。
私は夫婦を見る。
「名前は?」
男が答える。
「ハンスです。町で家具を作っています」
隣の女も続けた。
「妻のエマです。仕立て屋で働いています」
家具職人と仕立て屋。
どちらも、子供を売る仕事ではない。
当然だった。
私は赤ちゃんを抱き直す。
「この子のこと、どこまで聞いた?」
二人は顔を見合わせる。
ハンスが答えた。
「生みの親に研究所へ売られたこと。その研究所から、何らかの方法でいなくなり、森で見つかったことです」
「魔力があるかは、まだ分からない」
「はい」
「発現しないかもしれない」
「はい」
「発現するかもしれない」
「はい」
どちらも同じ返事だった。
私は少し考える。
「魔力があっても、なくても育てる?」
「育てます」
エマが答えた。
今度は、ハンスより早かった。
「この子だから、引き取りたいんです。魔力がある子が欲しいわけでも、ない子が欲しいわけでもありません」
赤ちゃんが私の服を引っ張る。
私はその手を握る。
「後で、自分達の子供が生まれても?」
エマの表情が少し揺れた。
ハンスが膝の上で手を組む。
すぐには答えなかった。
私は待つ。
「同じように育てます」
ハンスが言った。
「そうするつもりです。ただ……」
言葉が止まる。
私は続きを待つ。
「まだ子供を育てたことがありません。絶対に何も間違えないとは言えません」
隣でエマが頷いた。
「もし私達に子供が生まれたら、知らないうちに扱いを変えてしまうこともあるかもしれません。そうならないように気を付けます。でも、自分達だけでは気付けないかもしれない」
正直だ。絶対に大丈夫と言われるよりは良かった。
エマが五人育てた女を見る。
「だから、この人にも見ていてほしいと頼みました。私達がおかしなことをしていたら、止めてほしいと」
女が腕を組む。
「止めるだけじゃ済ませないよ。必要なら、この子を抱いて逃げる」
ハンスが真面目な顔で頷いた。
「それで構いません」
エマも頷く。
「お願いします」
赤ちゃんが声を出した。
「あう」
話へ参加したらしい。
私は赤ちゃんを見る。
「まだ聞きたい」
夫婦の背筋がまた伸びた。
「お金に困ったら?」
「働きます」
ハンスが答える。
「働いても足りなかったら?」
「ギルドへ相談します」
「それでも足りなかったら?」
ハンスは黙った。
エマが赤ちゃんを見る。
「私達が食べるものを減らします」
「それでも?」
「手放しません」
エマの声は小さかった。
でも、迷ってはいなかった。
「研究所がお金を出すと言っても?」
「渡しません」
「魔力が無いと分かって、お金にならないと言われても?」
「渡しません」
「魔力があると分かって、高く買うと言われても?」
「渡しません」
同じ答えだった。
私は二人を見る。
言葉だけなら、何とでも言える。
赤ちゃんを売った親も、生まれた時は大事にすると言ったかもしれない。
分からない。
今の二人が嘘を吐いているようには見えない。
でも、それだけでは決められない。
私は赤ちゃんをエマの方へ少し向ける。
「抱ける?」
エマが固まった。
「はい」
返事だけはした。
立ち上がる。
両手を出す。
手が震えていた。
私は赤ちゃんを渡す。
エマの腕に収まった途端、赤ちゃんが顔を歪めた。
泣く。
大きな声だった。
エマの顔が青くなる。
「ご、ごめんなさい」
誰に謝ったのか分からない。
赤ちゃんか。
私か。
部屋にいる全員か。
エマは慌てて揺らそうとして、止まった。
強く揺らしてはいけないと思い出したらしい。
代わりに、背中をそっと撫でる。
「大丈夫。怖くないですよ」
赤ちゃんは泣く。
全然大丈夫ではなかった。
ハンスが隣へ来る。
「どこか痛いのか?」
「違うと思う。知らない人だから」
「俺も知らない人だ」
「そうね」
二人で困っている。
でも、返そうとはしなかった。
泣き止まない赤ちゃんを見ながら、どうすればいいか考えている。
ハンスが小さく手を出す。
赤ちゃんが、その指を掴んだ。
泣き声が少し弱くなる。
ハンスが動かなくなった。
息も止めているように見える。
「掴んだ」
「ええ」
「俺の指を」
「見れば分かります」
エマも泣きそうだった。
赤ちゃんはまだ泣いている。
でも、ハンスの指は離さない。
エマは赤ちゃんを抱いたまま、ゆっくり椅子へ座った。
しばらくすると泣き声が止まる。
しゃくり上げながら、ハンスの指を口へ入れようとしていた。
「それ、汚い」
私が言う。
ハンスが慌てて指を引く。
赤ちゃんがまた泣いた。
「あっ」
ハンスが困る。
エマが笑った。
少しだけ。
初めて笑った。
私は二人を見る。
まだ分からない。
今日会ったばかりだった。
でも。
今すぐ連れて帰らせるつもりもない。
「しばらく、家に来る?」
二人が私を見る。
「森の家に?」
「うん」
「いいんですか?」
「見る」
何をとは言わなかった。
二人にも分かったらしい。
赤ちゃんの世話をするところ。
子供達と接するところ。
困った時にどうするか。
「何度でも伺います」
ハンスが言う。
私は首を横に振る。
「毎日」
ハンスが止まる。
家具の仕事がある。
エマにも仕立ての仕事がある。
無理かもしれない。
そう思った。
「行きます」
エマが答えた。
「仕事が終わってからでも、毎日行きます」
ハンスも頷く。
「俺も行きます」
商人が口を挟む。
「森まで毎日歩くのか?」
「歩きます」
「帰りは暗くなるぞ」
「泊める」
私が言う。
商人が私を見る。
子供達も私を見る。
また人が増える。
二人。
多い。
私は少し考える。
「交代で」
それなら一人だった。
多分、入る。
カイルが溜息を吐いた。
ルークは何も言わなかった。
ミラが小さく笑っている。
サラとニコは分かっていない。
イナは寝ていた。
私はエマの腕にいる赤ちゃんを見る。
赤ちゃんも私を見ていた。
でも、泣かなかった。
ここで決めなくていい。
この子にも、二人を知る時間が必要だった。
二人にも、この子と暮らすことがどういうことか知る時間がいる。
私達も見る。
「今日から」
私が言う。
夫婦が頷く。
面接は終わった。
採用ではない。
試用期間だ。




