第37章 ②
赤ちゃんがいる生活に、みんなが慣れてきた頃。
商人が来た。
一人で籠も持ってきていない。
代わりに、折り畳んだ紙を持っていた。
私は赤ちゃんを抱いたまま、戸を開ける。
「分かったの?」
商人が頷く。
「中で話す」
家へ入れる。
サラとニコが赤ちゃんの後ろから付いて来た。
ミラも来る。
カイルとルークは少し離れたところで、商人を見ていた。
イナは先に座っている。
全員揃った。
商人は椅子へ座り、紙を机に置いた。
「まず、籠を作った職人が分かった」
「どこ?」
「ここから二つ先の村だ。持ち手を一度直している。継ぎ方に見覚えがあったそうだ」
籠の持ち主も分かったらしい。
赤ちゃんが生まれた家。
父親と母親。
どちらも生きていた。
私は赤ちゃんを見る。
帰れる。
そう思った。
多分、その方がいい。
でも、商人の顔は固いままだった。
「その家には、赤子はいなかった」
「何で?」
商人は少し黙る。
それから答えた。
「売った」
私は商人を見る。
「誰に?」
「研究所だ」
家の中が静かになる。
カイルの表情が変わった。
ミラがサラとニコを自分の側へ寄せる。
ルークは何も言わない。
私は赤ちゃんを抱き直した。
「どこの?」
「お前達が行ったところではない。東にある別の研究所だ」
別の研究所。
まだある。
知っていた。
一つだけではない。
王都にも中央研究所がある。
他にもあるのだろう。
でも。
知っているのと、目の前の赤ちゃんがそこへ売られたと聞くのは違った。
「何で売った?」
「金だ」
商人は短く答えた。
「この子に魔力があるか分かったの?」
「分かっていない。未発現の子供として買われたらしい」
また同じだった。
魔力があるかもしれない。
それだけで子供を買う。
この子は八か月か、九か月。
まだ名前を呼ばれても、自分の名前だと分かるかどうかも怪しい。
そんな子を。
私は赤ちゃんの頭を見る。
柔らかい髪。
何も知らず、私の服を掴んでいる。
「親は、返して欲しいって?」
商人が首を横に振った。
「売った金は返せない。引き取るつもりもないそうだ」
「そう」
それだけ言う。
今は、それしか出なかった。
カイルが商人へ聞く。
「研究所から、ここまで連れて来たのは誰?」
「それが分からない」
商人が机の紙を開く。
「ギルドマスターを通して、その研究所の記録も確認した。赤子は確かに受け入れられている」
紙の一か所を指す。
「年齢。性別。受け入れた日。籠と一緒だったことも書かれている」
「いなくなったのは?」
「お前達が見つけた日の朝だ」
商人が次の行を指す。
「部屋から消えた。籠も布も一緒に」
「誰かが運び出した?」
「見張りは、誰も通っていないと言っている。扉も開いていない」
窓は小さく、人が通れる大きさではなかった。
壁にも穴はない。
その部屋から、赤ちゃんだけが籠ごと消えた。
そして同じ日の夕方。
洞窟の前にいた。
私は戸の向こうを見る。
ここから洞窟は見えない。
でも、場所は分かる。
あの洞窟には、まだ何か残っている。
子供を見つける。
危険だと判断する。
安全な場所へ動かす。
多分。
私は赤ちゃんを見る。
「移した?」
商人が眉を寄せる。
「何がだ」
「ルークと同じ」
商人も洞窟の方を見る。
研究所から。
この洞窟の近くへ。
籠ごと。
よりによって、森の洞窟。
「どうする?」
商人が聞く。
私は赤ちゃんを見る。
親は分かった。
でも、帰る家は無かった。
研究所へ戻すことはできない。
ここに置くことはできる。
でも。
他にも、この子を育てたい人がいるかもしれない。
「町で、引き取りたい人はいる?」
商人は頷いた。
「いる」
すぐに答えた。
私は顔を上げる。
「女が話を聞いて、知り合いの夫婦へ伝えた。子供を望んでいた夫婦だ。この子を引き取りたいと言っている」
「どんな人?」
「俺も知っている。真面目に働いている。暮らしにも困っていない」
それだけでは分からない。
真面目でも、子供に優しいとは限らない。
お金があっても、売らないとは限らない。
一度、研究所へ売られた子だった。
次は間違えたくない。
「会う」
商人が頷く。
「そう言うと思った。向こうにも、すぐ連れて帰れるとは思うなと伝えてある」
「いつ?」
「明日、町へ来られるか?」
私は赤ちゃんを見る。
町までなら行ける。
「行く」
商人が紙を畳む。
話は終わったらしい。
立ち上がる。
赤ちゃんが手を伸ばした。
商人の服を掴む。
商人が止まった。
赤ちゃんを見る。
「何だ」
赤ちゃんは答えない。
服を離さない。
商人が困った顔をする。
私は赤ちゃんの指を一つずつ外した。
「明日」
「分かっている」
商人は外へ出る。
サラとニコも戸口まで付いて行った。
イナも行く。
私は赤ちゃんを抱いたまま、見送る。
明日。
この子を育てたい人に会う。
でも、ここが最後の家とは限らない。
安全な場所まで運んだだけかもしれない。
後は私が決めろ。
多分。
そういうことだった。




