第36章 ⑥
しばらく待つ。
赤ちゃんは背中でもぞもぞ動いていた。
起きたらしい。
下ろそうとすると、店の向こうから女の人が歩いて来た。
大きな籠を腕に掛けている。
後ろから店の男が付いて来る。
少し息を切らしていた。
「この子かい?」
女の人は着くなり、私の背中を覗いた。
商人が頷く。
「昨日、森で見つかった」
「籠に置かれていたって子だね」
もう伝わっていた。
町は早い。
私は布を解き、赤ちゃんを前へ抱き直した。
女の人が頬へ触れる。
頭を見る。
口の中も見る。
赤ちゃんは嫌そうな顔をした。
「歯はまだだね」
腕や足を触る。
座らせる。
赤ちゃんは少し揺れた後、自分で体を支えた。
「八か月か、九か月くらいだろうね。一歳にはなってないよ」
八か月。
それなら大体分かる。
食べさせる物も。
量も。
気を付けることも。
分からないのは、この世界に何があるかだった。
「オムツは、何を使う?」
女の人が私を見る。
「布だよ」
「どんな布?」
「柔らかい麻布が多いね。古くなった服や寝具を切って使う家もある。新しい布なら、何度か煮て洗えば柔らかくなるよ」
私は昨日切ったさらしを出す。
女の人は指で触り、両手で揉んだ。
「これなら使える。まだ少し硬いけどね」
「洗い方は?」
「汚れを水で流してから、灰汁を入れた湯で煮る。よく濯いで日に干す。灰汁が残るとかぶれるから気を付けな」
煮沸できる。
消毒液はない。
洗剤もない。
でも、何とかなる。
多分。
「乳は?」
「母親がいないなら、山羊の乳だね。牛の乳もあるけど、山羊の方が手に入りやすい」
「どこで買える?」
「町の西側に山羊を飼っている家がある。毎朝売りに来るよ」
「火を通す?」
女の人が頷く。
「そのまま飲ませる家もあるけど、私は温めたよ。腹を壊す子もいるからね」
温めるだけ。
沸かす方がいい。
最初は少しずつ。
飲ませた後の様子も見る。
そこは同じだった。
「飲ませる道具は?」
「小さな器か匙だね。乳を飲むための口が付いた壺もあるけど、洗いにくいよ」
哺乳瓶に近い物はあるらしい。
でも、洗いにくい物は困る。
今は浅い器でいい。
赤ちゃんは器から水を飲めていた。
「服は?」
「古着でよければ、子供服を扱う店がある。新品はすぐ着られなくなるから勿体ないよ」
正しい。
赤ちゃんはすぐに大きくなる。
必要なのは、着替えられる枚数だった。
「具合が悪くなったら?」
「薬師のところへ行きな。子供も診ている。熱が高い時や、何度も吐く時はすぐにね」
薬師なら知っている。
カレーを作った人。
少し不安だった。
でも薬師としては信用できる。
多分。
女の人は私を見る。
「他には?」
少し考える。
今すぐ必要なことは聞いた。
後は、この子の様子を見ながら考えればいい。
「大丈夫」
「ずいぶん細かく聞くね」
「物が違うから」
「物?」
「前に使っていた物と」
女の人が首を傾げる。
説明は難しい。
私は赤ちゃんを抱き直した。
女の人はその手元を見る。
「慣れてるね。子供を育てたことがあるのかい?」
「息子がいる」
「いくつだい?」
「もう大人」
女の人が少し驚いた。
「それなら、私が育て方まで教える必要はなさそうだね」
「姪や甥の子供も預かった」
「なるほど。だから抱き方も手慣れてるのか」
赤ちゃんが私の服を掴む。
眠くなったらしい。
胸へ顔を寄せる。
女の人はその様子を見て、少し笑った。
「昨日見つけたばかりなんだろう?」
「うん」
「もう安心してるじゃないか」
また言われた。
私は赤ちゃんの背中を軽く叩く。
「抱いてないと泣く」
「置いていかれたんだ。怖いんだろうね」
女の人は籠と布を見る。
「でも、ずっと放っておかれた子じゃないよ。痩せすぎていないし、肌も荒れていない。少し前まで、ちゃんと世話をしていた人がいる」
その人はどこにいるのだろう。
自分で置いたのか。
置くしかなかったのか。
それとも。
置いたのは別の人なのか。
赤ちゃんは何も話さない。
私の服を握ったまま、目を閉じた。
今は眠らせる。
それなら分かる。
分からないことは、また聞けばいい。
この世界の物は知らない。
でも。
赤ちゃんの世話まで、知らないわけではなかった。




