第36章 ②
パン粥を食べ終えると、赤ちゃんは静かになった。
私の腕の中で、目を細めている。
眠そうだった。
泣き疲れたのかもしれない。
「ミラ、抱ける?」
「うん」
ミラが床へ座る。
私は赤ちゃんをゆっくり渡した。
首は座っている。
でも、念のため頭を支える。
「ここ?」
「そう。腕で支えて」
ミラは少し緊張していた。
赤ちゃんもミラを見る。
泣かない。
「大丈夫そう」
ミラの肩から力が抜けた。
サラとニコが両側へ座る。
近い。
とても近い。
「触るなら、手だけね」
二人が頷いた。
私は籠を見る。
森で見つけた時は、赤ちゃんしか見ていなかった。
今度は中を確かめる。
赤ちゃんを包んでいた布を広げた。
柔らかい。
織り目も細かい。
何度も使った古布ではない。
縁まで丁寧に縫われていた。
籠の底にはクッションが敷かれている。
持ち上げる。
厚みがあり、中身も片寄っていなかった。
赤ちゃんが痛くないように、籠の形に合わせて作られている。
籠そのものも丈夫だった。
編み目が揃っている。
持ち手にも、手が痛くならないよう布が巻かれていた。
「高そう」
カイルが隣から覗く。
「多分」
服も見る。
柔らかい布。
縫い目は細かい。
ほつれもない。
拾った服や、何人も着た古着には見えなかった。
平民ではなさそう。
少なくとも、着せる物にも困る家の子ではない。
それなのに。
手紙はない。
名前を書いた布もない。
首飾り。
腕輪。
家紋。
何もなかった。
クッションを裏返す。
籠の隙間も見る。
底を叩く。
何も出ない。
「何かあった?」
ルークが聞く。
「ない」
身元が分かる物だけ、きれいになかった。
偶然とは思いにくい。
誰かが、この子を籠へ寝かせた。
柔らかい布で包み、クッションまで敷いた。
大切にしていたように見える。
でも、森へ置いていった。
「何でだろう」
答えはない。
赤ちゃんはミラの腕の中で、小さくあくびをした。
今は考えても分からない。
それより先に、必要な物がある。
オムツ。
一枚では足りない。
赤ちゃんは待ってくれない。
洗った物が乾くまで我慢もしてくれない。
着替えもいる。
私はルークとカイルを見る。
「町、行ける?」
二人が頷いた。
「商会で、さらしを二巻き」
新品は硬い。
帰ってきたら、オムツの大きさに切って、揉み洗いする。
何度か擦り洗いすれば、少しは柔らかくなるはずだった。
「あと、柔らかい子供服。上だけ何枚か。中古でいい」
カイルが赤ちゃんを見る。
「大きさは?」
私も見る。
「赤ちゃん用」
大体だった。
「商人なら分かる。多分」
私は二人へお金を渡す。
ルークが受け取りながら聞いた。
「他には?」
「今はそれだけ」
少し考える。
大事なことがあった。
「おばさん特価で」
ルークが私を見る。
「それも言うの?」
「言う」
私が行けば、言わなくても安くなる。
でも、今日は二人だけだった。
言わなければ、普通の値段になるかもしれない。
それは困る。
カイルが真面目な顔で頷いた。
「みーに頼まれた。おばさん特価で、さらし二巻きと、柔らかい赤ちゃんの服」
「うん」
完璧だった。
ルークは少しだけ嫌そうな顔をしている。
「行ってくる」
「気を付けて」
二人が家を出る。
イナも付いていこうとした。
「イナは残る」
イナが止まった。
不満そうだった。
でも、赤ちゃんの側へ戻ってくる。
ミラの腕の中では、もう赤ちゃんが眠っていた。
籠は上等だった。
布も。
服も。
この子を大事にしていた人が、いたのかもしれない。
それなら。
どうして森へ置いていった。
分からない。
名前もない。
あるのは、眠っている赤ちゃんだけだった。




